隣恋Ⅲ~戦場へ~ 2話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 戦場へ 2 ~

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 玄関を出て鍵穴にキーを押し込んでいると、隣の家の扉が開いた。

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 もちろん姿を現したのは、雀ちゃん……なんだけど。
 先程と違う点がひとつ。

「わぁ、可愛い」

 珍しく彼女が、帽子を被っているのだ。前ツバにもこっとボリュームのある頭頂部が特徴的なその帽子はいわゆるキャスケットというやつ。
 わたしが目を輝かせると、施錠しながら雀ちゃんは帽子のツバを軽くもちあげて、「ぼさぼさの髪を隠す手段にいいんですよ」と笑った。

 彼女はすでにお風呂に入っていたので、今からワックスをつけて髪のセットをするのは気が引けたのだろう。

 そんな「未セットの髪隠し」を目的に被っている帽子でも、ボーイッシュな出で立ちの雀ちゃんが被ると、可愛いし格好いい。
 無意識に口角があがって、目元が緩んで、改めて好きだなぁと再確認した。

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 二人でエレベータを待ちながら、わたしは彼女を見上げた。
 単純に、雀ちゃんが帽子をかぶっている姿が珍しくて見ていたかっただけなんだけど、彼女の目からは物欲しそうに見えたのか、キャスケットがわたしの頭にぽすんと移された。

 ちょうどやってきたエレベータに乗り込んで、奥に備え付けられた鏡に自分を映しながら、上手く被り直す。

「どう? 似合う?」

 スーツ姿に帽子は確実に合わないだろうと分かっているけれど、ちょっとポーズをとってみる。
 鏡に映る自分は、ちぐはぐな組み合わせがへんてこ極まりない。

「可愛いです」
「嘘ばっかり」

 この組み合わせのどこを見て可愛いものか。
 ふんす、と鼻を鳴らすけれど、雀ちゃんは目元を緩めてもう一度「可愛い」と繰り返した。

 それが、冗談とかでなく本気で思っていそうな声音だから、照れくさくて仕方ない。

 わたしは無言で、雀ちゃんの頭にそれを返却した。

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 エレベータが一階に到着すると、『開』のボタンを押した雀ちゃんがわたしの背に手を添える。
 会社に行けば、エレベータの乗り降りで譲られることなんて頻繁にあるのに、こうして雀ちゃんにされるだけで、きゅんとしてしまうわたしは随分と重症のようだった。

「こっちです」

 わたしの後にエレベータから降りた雀ちゃんは、案内するようにマンション備え付けの駐車場を指差した。
 うちのマンションには駐車場も駐輪場も完備されているのだけど、車も自転車も所有していないわたしには、どちらも馴染みのない場所だった。

「駐車場、借りたの?」

 雀ちゃんも車はもっていなくて、時折デートで使う際にはレンタカーを用意していた。だから今日、借りた車があるというのは意外だったし、駐車場を使っていることにも驚いた。

「え、あ、いや、この車持ってる人の駐車場なんです」

 妙に、たどたどしい答え方に片眉をあげる。
 そんなわたしの視線から逃げるように「あれです」と指差したのは黒の普通車だった。

 車体の前に掲げてあるロゴは丸の中にLの字。つまり高級車。
 普段レンタカーを用意するときは、基本的に軽を用意する彼女。丁度出払っていて普通車しかなかった時くらいしか、乗らないであろうその大きな車体を目にして、わたしはまじまじと雀ちゃんの横顔を見つめた。

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 一体、どこの誰から、これを借りたのか。
 この駐車場を借りている主が、この高級車の持ち主。ということは、これはレンタカーではない。

 そう考えると、車をホイホイ貸してくれるような間柄の人が、このマンション内に住んでいるということ。
 彼女の年齢から、同級生がこれを所持しているという可能性は少ないし……。

 どうやら雀ちゃんはスマートキーを所持しているようで、運転席のドアに触れるだけですべてのドアの鍵が開いた。

 ……てことは、ちゃんと「貸して」って言って借りてるってことよねぇ……。

 一瞬でも彼女が在らぬ方法でこの車に乗ろうとしていると疑ったことを心の中で謝るけれど、この不信感はぬぐえない。

 一体誰の車なのか。
 その相手はどういう人物なのか。
 相手との関係性はどういったものなのか。

 これは、しっかりと問い質した方が良いのかもしれない。
 とりあえず助手席に乗り込みながら、わたしは意を決して、運転席に座る彼女に顔を向けた。

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