※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 1 ~
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よし、とわたしは誰も居ない部屋で呟いた。
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お風呂に入ってサッパリした体。
そんな体に身に纏うのは、いつものパジャマではなくて、スーツ。
ちなみに、雀ちゃんがなんだか”お風呂上がり”を気にかけていたので、肌の露出が少ない方がいいのかと、パンツスーツにしてみた。
まぁ、明日はプレゼンがあるし、仕事出来る女っぽい服装はいいかもしれない。
本当は長時間お化粧をしておくのは肌によろしくないからしたくないんだけど、男性社員もいるということで、お化粧もしておく。
窓の外はとっぷりと日が暮れているというのに、こうして出社準備をするというのは不思議な感覚で、最後にすべての準備が整ったか再確認して、よし、とわたしは誰も居ない部屋で呟いた。
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携帯電話で雀ちゃんに連絡をとろうとしたけれど、そういえばあの時ソファに置いたままで、忘れてきたのだと思い出す。
仕方なくベランダの秘密の穴を通って、彼女の部屋をノックする。
すぐに閉められていたカーテンが揺れ、ドアごと開かれた。
「準備できましたか?」
「うん。お願いしてもいい?」
「もちろん」
未だに、車で送ってもらうことに申し訳なさを抱かずにはいられなくて、両手を顔の前で合わせてお願いした。
面倒くさいとも思っていないのか、雀ちゃんはにこやかに頷いて、わたしの携帯電話を差し出してくれた。
こういう、スマートさも彼女のもつ魅力のひとつだ。
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何も言わなくても差し出されたわたしの携帯電話を受け取って、お礼のキスを贈る。
お化粧もして口紅を刷いているので、軽くだけど。
そんなことをされるとも予想していなかったのか、目を丸くしていた雀ちゃんの服装は先程までのラフなものと違って、お出掛け仕様。そこまで張り切ったコーディネートじゃないけど、ちょっとしたお買い物には行けそうな服装だった。
「ごめんね、着替えさせちゃって」
受け取った携帯電話を両手に挟んでまた手を合わせれば、ゆるく首を振った雀ちゃんがわたしの頬に手を添えた。
「仕事行く前の愛羽さんと一緒に居られるなんて、貴重な体験させてもらうんですから、安いもんです」
口紅をこれ以上とってしまわないようにと心遣いか、わたしの頬をさらりと撫でた雀ちゃんはセットした髪のつむじに唇を押し当てる。
確かに普段は、わたしは仕事、雀ちゃんは大学があって、マンションを出るまでは一緒でもそこからは別々の道だ。
しかし今夜は車で送ってくれるという雀ちゃんと、スーツ姿であと30分くらい一緒に居られる。
わざわざ会社まで送ってくれると面倒事を面倒とも思わず、むしろ貴重な体験と言い、楽しもうとしている雀ちゃんに、胸がジンとする。
そんなふうに惚れ直させられると、言っちゃいけない言葉がつい、「仕事行きたくない」と零れてしまいそうになってわたしは口を引き結んだ。
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ここまで尽くしてもらって、「仕事行きたくない」なんて言ってしまうのは、雀ちゃんに対して、失礼だ。
だけども離れ難くて、つむじから唇が離れたあとも彼女に寄り添っていると、頭を撫でられ、「行きましょうか」と静かに諭された。
名残惜しくも彼女の手から離れて、「じゃあ玄関で合流ね」と彼女に手をふり、わたしはベランダの扉を閉めた。
互いに、相手の家の合鍵はもっているけれど、ベランダの鍵はそれぞれ内側からしか施錠できない。
6階の部屋だからそうそう何も起きないとは思うけれど、一応、用心に越したことはない。わたしは明日の夜まで家に帰ってこられないし。
ベランダの穴を抜けて、自宅へ戻りながら携帯電話をチェックすると、特に何の連絡もなく、今頃まー達は必死で仕事をしているんだろうなと会社のデスクを思い浮かべた。
殺伐とした空間で仕事するのはあんまり好きじゃないんだけど、選り好みできる場合じゃないし、仕方ない。
溜め息をついて、戸締りをして、携帯電話を仕舞った鞄を肩にかけて玄関へ向かった。
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