隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 92話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 落ち着け、私。

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 ~ 湯にのぼせて 92 ~

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 先程、愛羽さん自らが私を引き寄せたことを意図してやった訳ではないのだろう。彼女は私の頭を抱えるように手をまわして、鎖骨へ舌を這わせられた快感に声をあげ、イヤイヤをするように首を振っている。

「んっ、ぁ…あっ」

 もっと感じさせたい。もっと喘がせたい。
 でも、優しくしたい。

 葛藤する胸の内を悟られたくなくて、彼女の弱点である鎖骨や首を重点的に攻めて、愛羽さんの冷静で鋭い観察眼を封じた。

「やぁっ……ッ、ぅん……っ」

 好き過ぎて困る、というのは、こういう事を言うのだろうか。

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 愛羽さんの首は相変わらず細い。もし私が本気でやろうと思えばポキッと折れてしまうかもしれない。もちろんそんな事をする気は毛頭ないけれど。
 彼女が横を向けば、浮き出る筋。そこへ舌を押し当てて、ドクドクと血流にあわせ僅かに浮いてくる血管を皮膚越しに感じる。そのまま下から上へ、顎近くまで舐めあげると、愛羽さんの口から声にならないような喘ぎ声が零れ落ちてきた。

「かわいい」

 息を完全に乱している愛羽さんの耳に届いたかどうかは分からない。
 そもそも、届けよう、聞かせよう、と思って言った言葉ではないからどちらでも構わなかった。

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 家では結構頻繁に体重計に乗っているのを知っている。
 体重計は脱衣場の所に置いてあるから、それに乗っている光景は見た事ないんだけど、計測のときにピピッと電子音が鳴る。だから「あ、今体重測ったな」と分かる。

 そんなふうに常日頃から体重を気にする愛羽さんはよく「太った……」と落ち込んでいるけれど、私からみれば「どこが?」といった程度の体重の上下で悩んでいるようだ。
 だって、ほら、今私が唇を押し当てている顎のラインだって、すぐに骨にあたる。

 彼女の荒い呼吸と喘ぐ声を聞き、悦に入りながらそんなことを滔々と考えた。

 そうでもしなければ、私まで完全にのぼせあがって、愛羽さんに優しく出来なくなりそうだったから。

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「す、ずめちゃ……っ」
「んん?」

 顎をすすすとのぼって、耳にはぐ、と噛みついた時に名を呼ばれた。
 そこでわざと返事をすると、予想通りに彼女は首を竦める。耳元で喋られると、どうも、感じてしまうらしい。

「じ、らしちゃ、やだ……」

 ああもう。このひとは。

 ひとがせっかく気を紛らわそうと努力しているのに、それを悉く粉砕して、私を誘ってくる。
 堪らない。
 はまってしまう。
 のめり込んでしまう。

 そんな可愛いことを言われたら。

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 思わず、荒くなりそうな鼻息を、ゆっくり、細く鼻から抜いて。

「じゃあ」

 耳の穴のその奥へと囁き込む。

「どうして欲しいのか言ってください」

 そうしたら、その通りに。
 低く低く、囁く。
 自分に自制をかけるために、出来るだけ落ち着いた声を出す。

 優しくしたい。好きだから。
 全部食べてしまいたい。好きだから。

 葛藤を悟られるのは流石にかっこ悪いぞ、雀。と自分に言い聞かせながら、私がキスを落とした耳は、色は見えないけど、さっきよりも皮膚温度が高い気がした。

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 部屋に、静けさが訪れる。
 いつの間にか、愛羽さんの呼吸は落ち着いてしまっているみたいだ。あの乱れて必死に酸素を貪る感じがけっこう好きだったりするのに。

「あ、のね…?」
「うん」

 おずおずと、という表現がピッタリな口調だ。
 そんな口調で、彼女は「お願いがあるの」と続けた。

「今夜はすごく恥ずかしいのがまんして正直になる代わりに、明日には今夜の事、忘れてくれる……?」

 私は彼女の提案というか要求に、目をぱちくりと瞬かせた。
 だってあまりにもそれはヒドイ話じゃないか。愛羽さんとの夜に素晴らしさの優劣はつけがたい。だけど、今夜は二人での初めての旅行の、最後の夜。記念すべき夜を、その内容を、忘れろだなんて。

 いや、でも彼女の言いたい事は分かる。
 恥ずかしい事をする代わりにそれを今後話題に出すなということだと思う。まるっきり記憶から消し去れ、なんて事思ってはいないだろう。

「忘れたら、愛羽さんは心置きなく、もっと素直になれるってことですか?」
「そ、そう。今夜の事は覚えてないなら、恥ずかしい事言ったってかまわないでしょ?」

 恥ずかしさを紛らわせる為の手段としてはとても幼稚で可愛い口約束。
 小指同士を絡めて約束を交わすときの常套句と同じくらい真剣みには欠けるが、私は頷いた。

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「す、雀ちゃんにとっても悪い話じゃないと思うけど」

 強がるように言った愛羽さんに頷いた私は、彼女の耳をぺろと舐めてから告げた。

「私は明日、起きたら今夜のことは忘れてしまっているでしょう」
「ほ、ほんとに? 約束破っちゃダメだからね?」
「ええ。約束です」

 言い切った私の言葉を耳にした愛羽さんの喉が、ごくりと唾を飲み込んだ音をたてる。

 それから随分、間が開いたあと、愛羽さんがすっと息を吸い込んだ。

「…舐めて欲しいの……」

 意を決して告げられた言葉には、主語がなかった。

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