※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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可愛い顔。
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~ 湯にのぼせて 74 ~
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「愛羽さんって、普段会社でそんな難しい顔して仕事してるんですか?」
ぐーりぐーりと眉間に刻んだ皺を解すように指で揉んでくる雀ちゃん。
わたし、そんな難しい顔してたかしら……。
「あー……でもよく、難しい顔するなって言われる」
「まーさんにですか?」
「なんでわかったの?」
そりゃ分かりますよ。とズバリ発言者を言い当てた雀ちゃんは笑う。
「まーさんは愛羽さんの保護者ですから」
ほ、保護者……。
「そんで、愛羽さんも結構その関係性が気に入ってるし、安心もしてるでしょ?」
まーを保護者と言われて顔を顰めたわたしへ、ニタニタした笑みを送りながら知ったような口をきく雀ちゃん。
言い返せないのは、彼女の言葉が真実を言っているからで、なんとも居心地がよくない。
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眉間にあてられた人差し指をがし、と横から鷲掴みにして外させるわたしの顔は、随分と渋面で面白くなさそうな表情だろう。
たまにしか、まーと顔を合わせない雀ちゃんがどうして、わたしとまーの関係性を見抜いているのか。加えて、わたしの心情まで見抜いているのか。
年下と思って侮ってはいけない子よね、ほんと。
「あ、ちょっと照れてます?」
うれしそうにわたしの顔を覗き込んでくる雀ちゃんの指を曲がらない方へ曲げようと力をすこーしだけ込める。
「痛いのは嫌ですよ」
スッと手を引いてわたしから逃れた雀ちゃんは、ちょっと笑ってから、体を起こした。
布団の上に座ってこちらへ視線を落とし、自分の背後にある部屋の戸を親指でくいと指した。
「最後の夜ですし、ちょっとここのお庭でも散歩しませんか」
消化の助けにもなりますし、と付け加えて膨らんだお腹を擦る、たぬきのような仕草に笑って、わたしはこくりと頷いて体を起こした。
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「向こうと違って、こっちの夜は涼しいですね」
旅館の手入れが行き届いた庭をゆっくりと二人で歩きながら、雀ちゃんが言った。
確かに、日中はもう夏並みに暑くて仕方がないけど、日が落ちて時間が経つと、風が吹けば少し肌寒さを感じる。
「自然がいっぱいあるし、水場も近いからかしらね」
大きな音をたてて滝壺へ水を叩きつけるあの滝を思い浮かべて、わたしは唇に笑みを乗せた。先日行ったばかりのあの光景を懐かしくも鮮明に思い出すと、時間旅行でもしているみたいな心境になる。
「あの滝は凄かったですもんねぇ」
浴衣の袖の中に両手を隠して腕を組み、うんうんと頷く雀ちゃんも、同じように滝のことを思い出していたみたい。
この先ずっと、こうして彼女と同じ思い出を作り、共有して、折に触れてこんなふうに話ができたら、幸せだろうなぁ。
なんて乙女な考えを巡らせながら雀ちゃんの顔を見上げると、つられたようにこちらを見返してくれた彼女が、口元をもごもごと動かした。
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「なぁに?」
「いや、その……」
首の後ろに手のひらをあてて擦りながら、雀ちゃんが言い淀む。
言葉を促すようにわたしが小首を傾げてみせると、彼女は一度わたしから視線を外して、チラチラとそれを彷徨わせた。
「そういう可愛い顔をされると、外だと困ります」
なっ……か、かわいい顔なんてしてないし……!
と反論したかったのだけれど、雀ちゃんが急にわたしの耳元へ顔を近付けてきたせいで、咄嗟に口を噤んだ。
「……キスしたくなっちゃいます」
潜めて、低めて、掠れた声に色気が伴わない訳がない。
まるでベッドの上で聞くような雀ちゃんの声に、囁かれ赤くなった耳を押さえながら体を引く。
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「だから、外で可愛い顔は禁止ですよ」
わたしの反応を予想でもしていたのか、雀ちゃんは余裕の笑みを浮かべてこちらを見下ろしてくる。
「そ、んな顔してないわよ…っ」
なんとか詰まりながらでも言い返したわたしに、やっぱり笑って雀ちゃんは「それ」と言わんばかりわたしの顔面を指差してくる。
「今も可愛い」
「……るさい」
どんどん熱をもってくる頬が赤いのは確実だろう。
幸いなのは、ここが薄暗くて、顔色をハッキリと識別は出来ない庭だということ。この暗さがなければ多分、雀ちゃんはわたしに向かって煽るように「真っ赤で可愛い」とか言ってくる。
いつまで経っても、何回言われても、「可愛い」の言葉だけは慣れなかった。
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袖の中で腕を組んだまま、楽しそうにわたしを見下ろしていた雀ちゃんが、急に、片眉をくいとあげて、辺りを窺うように見回し始めた。
「なに? どうしたの?」
いきなりそんな警戒する犬みたいな行動を始めた雀ちゃん。そんな彼女を見たら、点々と灯りはあれど暗い庭というのもあって、どことなく恐怖心が沸き上がってくる。
「なんか、声しませんか?」
「やだ。やめてよっ」
平然と、わたしの恐怖心を煽りまくる言葉を吐く雀ちゃんに、ピタリとくっついて彼女の腕を胸に抱える。
ほんと、そういう冗談とか無理だから……!
「まって雀ちゃんお化けとか見える人だっけ……!?」
お化けとかもうほんと無理!
夏の心霊現象にはまだ早いから!
恐怖におののくわたしを他所に、雀ちゃんは相変わらずきょろきょろと見回しながら、心ここにあらずというか、上の空な感じの声で言った。
「……いや……? …………そんなんじゃなくて……」
見回すことに一生懸命になっていて言葉の間が空いたんだと思うけどそれが余計に怖いからっ!
ていうかそんなんじゃないってどういう事……!?
わたしは彼女の左腕を悪霊払いのお守りのように腕に抱えてしがみついた。
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