※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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声と恐怖。
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~ 湯にのぼせて 75 ~
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「あ。」
何かに気が付いたように見回していた視線を止めて、一点を見つめた雀ちゃんが小さく声をあげた。
「あの向こうかな」
恐る恐るそちらへ目を向けると、そこには小さな木製の柵扉があった。
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多分、ホテルとかで言うと、それに掲げるべき看板は、『staff only』だろう。
でもここは旅館だし、そんな看板もなく、鍵もかかっていない。
ただ柵の一部に蝶番がつけてあって、開く仕組みになっているだけで、誰でも簡単に入れてしまう作りだ。
でも今、この状況でわたしはそこに近付くなんて恐怖で出来ないし、入るなんてもっての外だった。
声がするだなんて怖すぎて今すぐにでも自分たちの部屋に帰りたかった。
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帰ろう。雀ちゃんの腕を引くように一歩後退ろうと足を下げたとき、わたしの体がずずずと前へ、柵扉の方へ、近付いた。
悲鳴をあげそうになったけれど、これは、雀ちゃんが一歩踏み出したからしがみ付いているわたしも一緒に前へ出ただけ。
ていうか何で近づいてるのよっ!?
「なんか聞いたことある声なんですよね」
いやいやいやいやいや無いから!
お化けの声聞いたことあるとか無いからっ!
プルプルプルと首を振るけど、雀ちゃんはわたしの手を撫でて「大丈夫ですから」と根拠のない自信に基づく言葉を吐く。
一瞬にして恐怖のあまり殺意が沸いたほどだった。
怖いんだってば!
なんで近付こうとするのよっ!
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足でも踏みつけてやろうかしらと狂暴な考えが浮かんできたところで、なんと、わたしの耳にも声が聞こえてしまった。
「~~~~っ!?」
人間驚きすぎると声が出せない。
悲鳴をあげてこの恐怖を旅館中の人と共有したいくらいだったけれど、生憎とそうはいかなかった。
「あ、ほら。なんかあの子の声に似てません? ウェイトレスさん」
柵扉からわたしへ視線を移してきた雀ちゃんが言った言葉を理解するまで3秒ほど時間がかかった。
あまりの恐怖に、「ウェイトレスってなんだっけ?」とか思ってしまったわたしは重症だと思う。
「………………へ?」
そして彼女の言った事を理解した後のわたしの声は随分、間の抜けたそれだった。
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ウェイトレスさんっていうと、ここらで思い当たるのは、雀ちゃんが気に入っていたあの純喫茶の……あの子、よね?
そんな考えが浮かんでくると、さっきまであんなにあった恐怖心が和らいでくる。
「ここにあの子が居るの?」
何かの用事なのかしら?
でもこんな遅い時間に?
女の子の一人歩きは危ないわ。
わたしの問いかけに雀ちゃんも確信はないようで、首を捻りながら、また一歩柵扉のほうへと近付いてゆく。
わたしも、恐怖心は和らいだものの、怖くない訳ではない。
腰が引けたまま、雀ちゃんに引きずられるようにして、柵扉へと近付いた。
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「でね、そのお姉さんがつけてるのが物凄くいい匂いだったの」
「ふぅん?」
あ、聞こえた。
近付いたおかげで、本当に、声が聞こえた。それもハッキリと。
声の高さからすると、女の子、と、男の子…か男の人。
女の子は、ウェイトレスさんかどうかは分からないんだけど、若い感じの子。
男の子は、若い感じはするけれど、低めの声だから年齢がちょっと判別しにくい。
わたし達が近付いた事に気が付いていないのか、その二人は柵扉の向こうで話を続けている。
「思い切ってなんの香水使ってるんですかって聞いたらね、ローなんとかかんとかっていう香水だって教えてくれたの。でも舞い上がりすぎちゃってそれが思い出せなくって」
はは、と短く笑った男の子。
「駄目じゃん。ローだけじゃ何かもわかんねぇ。思い出せよ」
「それが思い出せたら苦労してないんだってば。でも最後はプールオムだったのは覚えてるよ?」
また、短く笑う男の子は、とても楽しそう。
「お前それはオトコ用って事だ。プールフェムがオンナ用」
「えっ!? そうなの!?」
「なんで女のお前より俺のが知ってんだよ」
また楽しそうに笑う男の子。
わたし達は二人の会話を盗み聞いているのが申し訳なくなって、そっとその場を後にした。
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庭をしばらく歩き、あの柵扉からだいぶ離れた所まで来て、やっとわたし達は振り返り、気付かれずに逃げてこれたと安堵の息を吐いた。
「愛羽さんの香水ってどんな名前でしたっけ?」
「ロードイッセイプールオム」
やっぱり、と雀ちゃんは目を輝かせた。
「ウェイトレスさんの声で合ってましたね」
声だけで人が判断できるなんてすごい。それもそこまで言葉を交わした訳でもない子なのに。
素直にそう言って褒めると、雀ちゃんは照れるわけでもなく頬をかいた。
「あの子が愛羽さんの事好きなのかなって思っちゃってましたから、なんか耳に残っちゃって」
バツが悪そうに言う雀ちゃんに笑って、わたしは彼女の手をとり握った。
「もう嫉妬する理由ないもんね?」
「はい」
にっこり笑ってくれる彼女は、いつも通りの雀ちゃんだった。
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