隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 73話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 あの人の謎は深まる。

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 ~ 湯にのぼせて 73 ~

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 謎が解けたあと、わたし達ふたりは食事のペースもすっかり元に戻り、滅多に食べられない食事を楽しんだ。
 どことなく、仲居さんとの距離も縮まったような気がするのは気のせいではないと思う。

「金本様とゆっくりお話をさせて頂けるのも、今夜が最後ですね」

 明日、わたし達はチェックアウトするから、彼女と話をする機会もこれで最後だろう。
 そう思うと、短い付き合いだったけれど寂しく感じる。

「寂しいですね。もっと泊まっていたいんですけれど」
「お仕事がおありでしょう?」

 少し困ったように眉をさげる仲居さんに、こちらも眉を下げて笑う。
 ほんと、叶うなら居心地の良いこの旅館にもっと宿泊したいと思う。

「当旅館をご利用いただき、本当に、感謝しております」

 目礼をした後、彼女は今一度、居住まいを正して三つ指を着いた。

「大浴場で助けて頂いた事も、本当に、感謝しております。ありがとうございました」

 深々と、頭を下げるその姿は、正直、ちょっと見惚れてしまうくらいに、とても美しかった。

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 着物を着て、これだけ美しくお辞儀の出来る彼女が、同じ日本人として羨ましくも誇らしくもある。
 西洋かぶれ気味の日本だけれど、こんなにも日本らしく綺麗な人も居るのだ。

「頭をあげてください。あなたのお役に立てて、わたしも光栄です。ありがとうございます」

 ゆっくりと、面をあげた仲居さんに微笑みかけて、ふたりで顔を見合わせていると、部屋に突然沸いた拍手の音。

 音の方へ顔を向ければ、当然、そこに居たのは雀ちゃん。

「なんか映画のワンシーンみたいにお二人とも綺麗ですよ!」

 興奮して言う雀ちゃんの言葉に、わたし達は吹き出した。

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 食事を終えたわたし達の前から綺麗になったお皿が下げられてゆく。
 テーブルを拭き終えた仲居さんが布団を敷いてから下がりましょうかと尋ねてくれたので、お願いした。

 正直、お腹がいっぱいすぎて、今すぐにでも転がって浴衣の帯を緩めたい。

 布団を敷く邪魔をしないように部屋の端に避けるわたし達が見つめるなか、応援にやってきた仲居さんと二人でテーブルを壁際まで寄せて、二組の布団を綺麗に敷いていく仲居さん。

 その手際の良さはやはり、惚れ惚れする。
 やっぱり仕事の出来るひとは好きだし、恰好いい。

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「それでは、おやすみなさいませ」

 布団を敷き終えた仲居さん二人が部屋から姿を消すと、雀ちゃんはさっそく、敷かれた布団に転がった。

「ご飯が美味し過ぎて食べ過ぎました……お腹苦しい」
「同感よ……すぐ布団敷いてくれて助かったわ……」

 わたしも同じように彼女の隣へと仰向けに転がって、浴衣の帯を軽く緩める。

 しばらくは二人とも、こうして転がっているしかなさそうだ。

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「あの外国人さん。そんな凄い人なんですかねー?」

 ぼんやりと天井の木目を眺めていると、隣で雀ちゃんが間延びした声をあげた。

「うーん。見た感じはふつうの日本人だったけど…。なんだろうね、旅館連盟みたいなのがあってそれの幹部さんだったりしてね」
「幹部!」
「いや分かんないけどね?」

 まぁでも、あれだけ仲居さんが感謝してくるってことは、えらい人には間違いない。仲居さんも大事なお客様って言ってたし。

「うーん、でも、そうなるとやっぱりわからないですね」
「え?」

 ころりと雀ちゃんの方へ体ごと横向きに寝返りをうつ。
 眉間に皺を寄せた難しい顔を、彼女はわたしに向けた。

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「だって、ここって言ってみれば由緒正しき伝統ある温泉旅館な訳でしょう?」
「そうね」
「例えばそういう旅館連盟みたいな団体があったとして、そこに英語しか喋れない人って居るもんですか? 仮に居たとしても、こういう老舗的なところに英語しか喋れない人が来ます?」

 ……確かに。

 言われてみると、そうかもしれない。

 雀ちゃんの言葉をきっかけに、わたしの意識がゆっくりと思考の沼へと沈んで行った。

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 雀ちゃんに言われて初めて、妙な状態かもしれないと気が付いた。
 大浴場の脱衣場であの外国人さんを見つけたときには、完全に『日本語が喋れない外国人さん』という形が出来上がっていたし、仲居さんもその体で話していた。

 だからあそこで通訳しに入ったわけだし、全ての会話を英語で済ませた。

 でも彼女は一言でも、「私は日本語が喋れない」と言っただろうか。

 ここの人は皆英語が通じない。とは言ったが、自分が日本語を喋れないとは言っていない。

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 妙な点は他にもある。
 雀ちゃんが目を付けた所だ。

 確かに連盟に英語しか話せない人物が居るかどうかは謎だ。
 だけど仮に居たとして、それを利用している場合もある。

 グローバル化が進む日本だが、まだまだ完全とは言い切れない。
 こういう老舗旅館のような場所は特に古き良きを重視するため、外国人に対する接客が行き届かない場合が多い。

 そこを問題視した連盟が、新たなる客層を外国人観光客としてとらえたら、まず行うのは書面での指導、注意喚起。
 次に行うのが訓練、試験、導入、視察。

 基本的に人を派遣してくるのは書面があってからのことが多い。だから、あんなふうにぶっつけ本番みたいな雰囲気を他の利用客に解るようにするのは……なかなか稀なケースだ。

 そんな事を考えていると、ピタリと私の眉間に雀ちゃんの人差し指が当てられた。

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