隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 72話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 謎はすべて解けた。

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 ~ 湯にのぼせて 72 ~

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 別にお金が無い訳じゃないけど…。
 食べたぶん、請求されたりしないわよね……?

 なんて内心ドキドキしながら、部屋に戻ってきて、わたし達の前に天ぷらを並べてくれる仲居さんに、わたしはおずおずと話しかけた。

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「あのー……仲居さん」
「はい、いかがいたしました?」

 わたしの声ににこやかに顔を向けてくる彼女は、おや? というように眉をあげた。
 どうも、自覚はあまりなかったけれど、わたしの顔が曇りきっていたみたい。

「物凄く美味しいお料理、これだけ頂いてしまってから言うのも申し訳ないんですけど……」
「はい」

 わたしの口の重さに、神妙な顔つきになる仲居さん。
 どんな言葉を選ぼうかと悩んだけれど、ここは素直にいくことにした。

「ちょっっっとばかり、豪華すぎませんか…?」

 言葉を溜める事で、わたしの言いたいことは伝わっただろうか。
 ドキドキする胸を押さえて仲居さんの顔色を窺っていると、彼女は、にっこりと満面の笑みをわたしに向けて言った。

「当旅館の最上級のお料理ですもの」

 血の気が引くとはこのことか、と背筋を走る冷たい感覚を背負いながら考えた。

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「さっ…!?」

 仲居さんの言葉を聞いて、雀ちゃんが驚いたように口を押さえた。
 若干大きく出そうになった声を最初の一音目で止めた行為は、彼女にしては上出来だと思う。
 かく言うわたしも、随分驚いて、声こそ出さなかったもののポカンと口を開けてしまった。

 そんなわたし達二人を見比べるように視線を走らせた仲居さんは少しだけ吹き出すように笑って、上品に口元をおさえるようにして隠した。

「ごめんなさい、そんなに驚かれるとは思いませんでした」

 くすくすと隠した口元で笑いを堪える仲居さんの言葉に、”最上級の料理”が冗談だったのかとほっとしかけた時、彼女はまたこう言った。

「驚かせる言い方をしてしまった悪戯は謝りますけれど、最上級の料理は本当ですよ?」

 悪戯っぽい声音のその言葉に、わたし達は二度、驚かされた。

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「あまり驚かせてしまうのも可哀想なくらいに、驚いてくださいますね」

 口をパクパクさせて驚きの声すら出せなくなった雀ちゃんの顔を見て、やっと笑いを収めた仲居さんが、少し困ったように申し訳なさそうに「ごめんなさい」と頭を下げた。
 けれど、その目はどこかまだ楽しそうで、わたし達の反応をいたく気に入ったみたいだった。

「これは本当は内緒のお話なんですけれど…」

 少しだけ声を潜めて、唇の前に人差し指を立てた仲居さんはつい、と膝を進めてテーブルに――もとい、わたし達に近付いた。

 それにつられるように、わたし達は彼女の方へ少し身を乗りだす。
 なんだか、デジャヴだ。

「実は――」

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 仲居さんの内緒の話というのは、こういうものだった。

 あの見た目は日本人だけれど、外国人さん。
 彼女の為に用意した、この旅館の最高級クラスの料理の材料達。今日の日の、彼女の為に、料理長自ら足を運び選んだ食材もあるそうだ。
 その最高級の食材たちを目の前に、板前さん達が腕を振るおうとしたそのとき。

「ま、待ってください!」

 慌てて料理場へ飛び込んできた仲居さんの口からは、板前さん達が驚く言葉が飛び出てきた。
 あの外国人さん。食事に関してこんな注文をしてきたそうだ。

 ”この旅館の、一番安い食事を出して頂戴”

 と。

 それに驚いた仲居さんが、よりよい食事を貴女に召し上がってほしいのだ、と説得しても駄目。
 通訳さんが言うのは、”一番安いのが食べたいの”というその言葉一点張りだったそうだ。

 仕方なしに、彼女の為に用意しておいた食材たちは冷蔵庫へと戻り、彼女の言う通りのメニューをお出ししたそうだ。

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「――という訳でして。お分かり頂けましたか?」

 雀ちゃんではなく、わたしに向けてにっこりと笑顔を向けてくる仲居さんの目が、ここまで説明すればわかるでしょう。察してくださいな。と声なき言葉を上乗せしてくる。

「ええ。心置きなく、堪能させてもらうことにします」
「どうぞ。たくさんお召し上がりくださいね。では私は次のお料理を」

 軽く頭を下げて部屋から姿を消した仲居さんの足音が遠ざかって、雀ちゃんは言った。

「今の、どういう事ですか?」

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 わたしの予想通りすぎる言葉にちょっと笑って、わたしは雀ちゃんに目を向けてから、天ぷらを一口頬張る。
 うーん。海老がぷりぷりで美味しい。

「愛羽さん、教えてくださいよ」

 唇を尖らせる雀ちゃんもまた可愛い。
 わたしは海老をお腹に収めてからお茶を一口。

「あの外国人さんの為に用意した食材は、使わなかったってこと」
「それは聞きましたけど。だって、使わなかった食材は明日使えばいいじゃないですか」
「うーん」

 当然のことのようにそう言う雀ちゃんの気持ちも分からなくはない。
 でも、ここはかなり良いとこの温泉旅館だ。

「その辺のスーパーで売ってる食材とは多分、訳が違うのよ」
「?」

 まだ頭の上にクエスチョンを浮かべる雀ちゃんが可愛い。
 きょとん、とした様子がなんだかひよこみたい。

「だから、いい食材っていうのは最高級の状態の期間が短いの。料理長自ら仕入れに行った物なんか特にそうなんだと思うけど。そんな良い物を最高級の状態で出さないのは職人としていい気分はしないと思わない?」

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「んー?」
「例えば、雀ちゃんのバイト先で、マティーニ作ってからお客さんが4時間喋り倒して、その後に一気飲みされても全然嬉しくないでしょ?」

 まだ分からないと首を捻る雀ちゃんに、例え話を振ってみると、納得したように大きく頷く彼女。

「旅館やホテルがわたしの仕事と同じ考えかどうかは分からないんだけど……、大事な取引先はよっぽどの理由がない限りは同じ日に入れない。その取引先だけに集中したいから」
「つまり、他に”最高級の食事”を出すお客さんがいなくて、今日のMVPである愛羽さんにその食材の消費先の白羽の矢が立ったんですね!」

 ついに全ての謎が解けた! とでも言うように雀ちゃんが言い放つ。

「たぶんね。はっきりは言わなかったけど、そういう事でしょうね」

 うーん。雀ちゃんにとっては、ここまで誘導してあげないと解けない謎だったか。
 あの仲居さんの目に狂いはなかったみたいね。

 胸中で小さく笑いながら、わたしは最高級のお肉を口に運んだ。

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