隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 71話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 豪華。

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 ~ 湯にのぼせて 71 ~

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「では、失礼いたします」

 お辞儀をしてわたし達の部屋から出ていく仲居さんを見送って、パタンと扉の閉まる音を聞いた。
 するとやっぱり、わたしが密かに予想していた通り、雀ちゃんが小声で言ってきた。

「いいんですか? あんな提案受けて」

 と。

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 雀ちゃんが言うあんな提案、というのは、わたし達がテーブルに身を乗り出して仲居さんから聞いた話のそれだった。

 というのも、詳しくは個人情報のため話せないが、大浴場の脱衣場で会ったあの見た目は日本人だけど英語をしゃべる外国人さん。あの人はこの旅館にとっての重要人物だったそうだ。
 彼女がこの旅館に宿泊する事はもちろん知っていたのだけれど、あの見た目だ。てっきり日本人だと思ったらしい。名前を伺っていたものの、それも紛うこと無き日本人名。

 まさかそんな人が英語しか喋れないなんてことを誰が予想しただろうか。

 今日の正午過ぎに彼女が旅館にチェックインして、発覚したその事実。
 すぐに通訳の出来る人間を手配したのだけどさすがにこの時期で、どこも人手が足りない。到着は早くとも午後7時あたりだったらしい。

 それまでどうにか持ちこたえなければと、奮闘していた所に、わたし達が遭遇した。

 流石に、大浴場の利用方法をジェスチャーや片言の英語で説明するには無理があって、あの時はもうダメかと思ったと仲居さんは笑った。

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 今はもう、通訳が出来る人物が旅館へ到着して、どうにか収拾をつけたらしい。
 そういう事でとても助かったから、心ばかりだけれどもお礼をしたいと仲居さんは言うのだ。

 お礼だなんて、大したことはしていないから。と首を振ってみせたけれど、それでもと引きさがらない様子だったので、わたしはそこそこの遠慮を見せながら頷いたのだ。

 わたし達の夕食の懐石料理のグレードをアップしてくれるそうだ。

 仲居さんがわたし達の了承をとりつけて、部屋から出て行ったあと、心配そうな表情で食事のグレードアップなんてしてもらって…と言う雀ちゃん。

 まったく、生真面目というかなんというか。

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 わたしは雀ちゃんを安心させるように微笑みながら、手元に湯呑を寄せて湯気に息を吹きかける。

「大丈夫よ。こっちが助けてあげたんだから食事のグレードアップしろこのやろーとか言ってゴネてる訳じゃないんだから。仲居さんの方から申し出があったってことは、それなりに調理場に余裕があるってこと」

 一応、1回は断ったんだし、せっかく美味しいご飯食べさせてくれるって言ってるんだから、その気持ちは受け取らなきゃ。

 と諭すように言ってみると、彼女の表情の曇りが少し晴れる。
 わたしは湯呑を口元に寄せて雀ちゃんの可愛らしさに浮かんだ笑みを隠した。

 もうほんと、あれで大学生なんだからどうやってその素直さを守り続けてきたのか、謎よね。

「その代わりと言ってはなんだけど、少しオーバーリアクションでもいいから美味しいなら美味しいって仲居さんに伝えるといいわ。そうしたら、わざわざ気を遣ってくれた仲居さんや旅館の人達もいい気分でしょ?」

 ウィンウィンの関係というのは、場を円満にする。
 わたしはビジネスで培った臨機応変に対応してなおかつ、相手を少しでも気分よくさせる方法を雀ちゃんに伝える。

 そうこうしていると、仲居さんの足音が近づいて、外から入室を知らせる声がかかった。

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 わたしが元々選んでいた懐石料理のグレードは、中の上あたりのものだった。
 次々と部屋に運ばれてくる料理を見ていると、まさかとは思うけれど、上の上あたりまでグレードアップされたのではないかと思う。

 例えばお肉だったら霜降りな上に、このあたりでは超有名な銘柄。グルメ番組で芸能人がよく頬張っているやつ。

 お魚料理だと、大きな舟に鯛の頭がドンと突き立てられていたり。

 さすがに、ここまでの料理が来ると思っていなくて、食事が進むにつれ、気が引けてくる。
 いや、味はもう美味しくて美味しくて、舌の上でとろける、と表現されるのはこのことか! と思うくらい凄く美味しいんだけれど、……流石に、ただ通訳しただけで、申し訳なくなってくる。

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 それはどうやら、雀ちゃんも同じ思いらしくて、仲居さんが料理を運んでくるごとに、頬の引き攣りがひどくなっていく。

 丁度、仲居さんが部屋からいなくなったのでわたしは小声で戸の向こうにも聞こえないようにして、雀ちゃんに話しかけた。

「さ、流石に……聞いてみようかしら…ね……?」
「そうですよ、さすがにこれは良い物食べ過ぎですよ!」

 慌てたように小刻みに頷く雀ちゃん。
 そりゃあまぁ、食べた物を戻せるわけでもないから慌てるのは分かるけど、そこまで慌てなくても、と少し笑いが込み上げる。

「な、なんで笑うんですか」
「んーん? 可愛いなぁと思って」

 わたしの言葉に渋面をつくり、霜降り肉をガブリと頬張る雀ちゃん。
 なんだかんだ言いながら、料理は美味し過ぎるから箸は進んでしまうのだ。

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