隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 68話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 日常会話に潜む嫉妬。

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 ~ 湯にのぼせて 68 ~

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 部屋に戻ってきたものの、特に何かをするでもなく、ぼんやりとテレビを見る。
 本来ならば夕食の時間だけれど、あの時夕食の時間を2時間ほど後にずらしてもいいと提案したので、たぶん、もうしばらくご飯はおあずけだ。

「微妙に空いた時間って、暇ですよね」
「そうねぇ」

 まったり。ぼんやり。
 二人で座椅子に座って、バラエティ番組をみているけれど、そこまで面白くはない。

「でもこうして一緒にテレビみてる時間は、好きよ?」

 雀ちゃんに微笑みかけると、彼女も賛同するように頷いてから、何もないテーブルに目を落とした。

「ここにコーヒーがあれば、最高なんですけど」
「あーそれは思う。だってここ数日、カフェイン摂取量すごく少ないと思わない?」
「思います! あの喫茶店だけですもんね、コーヒー飲んだの」

 雀ちゃんはなんだか悔しそうに言ってから、自分の鞄に視線をあてる。

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「あそこには、美味しい豆があるのに飲めないもんね?」

 揶揄うように言ってみると、彼女が考えていることと同じだったらしく、ビックリした顔をする雀ちゃん。

「なんで考えてること分かるんです?」
「んー? 雀ちゃんのコトが好きだから」

 貴女が分かりやす過ぎるのよ、とは決して言わない。
 だって、こう言ったほうが、頬を赤くして視線を彷徨わせる可愛い貴女を見られるから。

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 案の定照れている彼女は机の上で、左手と右手の指を絡ませてもじもじと動かす。
 絵に描いたような照れ具合に吹き出すと、赤い顔でにらんでくる雀ちゃん。

「照れ屋」
「愛羽さんがあんな事言うからでしょう」

 言い返してくるその表情も可愛いくて、ふふふと笑う。

「雀ちゃんってバイト先でもそんなふうに照れてるの?」
「そんな四六時中照れてないですよ」

 それはわかってるけど。

「褒められたりするでしょ、やっぱり」
「やっぱりって?」
「バーテンダーっていうだけで、こっちからしたら格好良いものに見えるんだもの」

 それこそ、大学の友達とかお客さんとして呼んだりするでしょう?
 と首を傾げると、雀ちゃんはお店の様子を思い浮かべるようにして話し始める。

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「まぁ呼ぶ事には呼びますけど、そんな多くないですよ。私の代は今年二十歳だし、店長が飲み方の知らないガキは嫌いだとか言ってますしね」

 確かに、あの上品なバーに学生のわちゃわちゃした感じは似合わない。
 そして、あの店長さんはそういう事をお客さんの前でも言いそうだと思う。

「店長さんって、いい人なんだか悪い人なんだかわからない所あるわよねぇ」

 頬杖をついて、ぼんやりと思い出す。
 昔、雀ちゃんとまだ付き合っていなかった頃。家の前の廊下で、あの人と口論した。
 今思えば、アレも必要な事だったと思うけれど、当時は腹立たしくて仕方なかった。

 そんなわたしに、雀ちゃんは真っ直ぐ目を向けて言いきった。

「店長はいい人ですよ」

 真っ直ぐな視線と、真っ直ぐな思い。
 これまで、多くの時間を過ごし、多くの言葉を交わし、築き上げた信頼関係なのだろうか。
 わたしの知らない事を語るその瞳に、魅入られるように、目を逸らせなかった。

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「いい人です。ただ口が悪いだけで」

 もう一度言い切ったあと、そう付け加える雀ちゃんは目を細めて笑った。
 呪縛から解かれたようにわたしは左右に目を動かして、「そっか」とだけ言う。

 とく、とく、とく、と少しだけいつもより速い鼓動を感じて、胸に手をあてる。
 そこには、すこしだけ暗く黒い感情が漂っていて、眉を1ミリだけ寄せた。

 ――あぁ……まずいわ…。

 これは、嫉妬だ。

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 わたしの知らない雀ちゃんを知っている店長さん。
 そして、そんな店長さんを信頼して、尊敬している雀ちゃん。
 二人の関係。

 嫉妬する。

 恋人の過去や、先輩後輩上司部下友人関係に目を向けてこんな感情を湧きあがらせても仕方ないのは重々承知しているはずなのに。

 雀ちゃんを好き過ぎて、嫉妬心が沸き上がってきてしまう。

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 好き過ぎて、視界が狭くなっていると、彼女に説教を垂らしたのは、どこの誰だったか。
 そう思い出して、自分を律するけれど、胸に沸いたその黒い感情が消えない。

 わたしも大概、視界が狭いし、彼女を好き過ぎる。
 大人の余裕なんて、持てないくらいに、彼女を好きになってしまっている。

 あんなに激しく、あんなに甘く、あんなに優しくわたしを抱いてくれる雀ちゃんが、わたしだけに惚れているのは分かっているのに。

 わたし以外にむけられる、尊敬の眼差しが、嫌だった。

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「わたしも人のこと、言えないわ」
「へ?」

 嫉妬。
 その感情の解きほぐせるのは、自分と、恋人だけ。そう思うわたしは、今回は、雀ちゃんに頼ることにした。

 突然、脈絡もなく言ったわたしの台詞を理解しかねて、鳩が豆鉄砲をくらった時みたいな顔をしている雀ちゃんに言った。

「店長さんのこと、信頼してるのも尊敬してるのも、さっきの一言で分かっちゃったから、嫉妬しちゃった」
「え」
「だから、キスして」

 偉そうに。
 そう自分自身にツッコミを心の中で入れる。

 真っ赤になっている雀ちゃんに、そんなツッコミは入れられそうにないから。

「お夕食がくるまで、ずっと、キスしてて」

 この旅行最後の、わがままを、彼女に投げつけた。

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