隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 40話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 落ち着きはどこから。

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 ~ 湯にのぼせて 40 ~

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 熱い顔に、この霧雨のような滝飛沫は丁度いい。
 でも、お化粧がちょっと心配。

 そんなことを考えながら、鼻歌混じりに上機嫌でゆったり歩く雀ちゃんを横目でみる。

 なんかもう、異様なほど、さっきのキスからゴキゲンなんだけど……。
 そんなに嬉しかったのかしら。

 不思議でじっと観察するように見上げていたら、それに気付いた雀ちゃんはこちらに目を向けて、小首を傾げた。

「またキスしたいんですか?」

 意地悪な目は揶揄う気満々、と語っていて、先程よりも気が落ち着いているわたしは唇の端だけで笑ってみせた。

「夜……ね?」

 笑みを乗せる唇に立てた人差し指。嫣然と彼女を見上げれば、彼女の瞳からは揶揄いが色を消して、狼狽えた。

 年上をそう何度も手玉に取ろうだなんて、うまく行かせる訳にはいかないわ。

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 わたしよりも優位に立つとすぐに調子に乗る彼女だけど、そこが可愛いとも思える。
 子供っぽいというか、なんというか。

 泳ぎ始めた視線に満足して、彼女の手を引いた。

「帰ろっか。あの喫茶店、行こ」

 わたしの言葉にまた、彼女は子供のように目をキラキラさせるのだ。

 ほんと、可愛い。

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 滝から離れていくと、滝壺から流れが出来た川のせせらぎが耳に入ってくる。

「川のせせらぎって、精神安定とかに繋がるんでしたっけ」
「ヒーリングの効果があるっていうね」

 せせらぎの音がどう脳に働いているのかは詳しくわからないけれど、心地良い音ではあるし、飽きることもない。

「ヒーリングは意外と身の回りにあるって聞いた事あるよ? 例えば赤ちゃんがテレビの砂嵐の音で泣き止むみたいな、人体の心理になぞらえた音が有効なんだって」

 聞きかじった事を説明すると、雀ちゃんは感心したように「へぇ」と漏らしてから、思いついたように言う。

「人体の心理かどうかは分からないですけど、愛羽さんの声は落ち着きますよね」

 人差し指を立てて、「そういえば」的な感じで軽く言う彼女だけれども……。

 ――それ、って……結構、ぐっとくる。

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 例えば声優さんが居たとして、「あの人の声落ち着く声だよね」ならまだ理解できる。
 声のお仕事をしている人だもの、そういう感想が頂ける事は幸せなことだと思う。

 けれど、全くの一般人で、べつにいい声でもないわたしに向かって、「落ち着く声です」だなんて。
 なんだか、異様に、照れてしまう。

「あ、でも人の心臓の音も聞いてたら落ち着きますよね」

 と落ち着く音について語り始めた雀ちゃんに悟られないように、わたしはむず痒い胸を必死に落ち着けた。

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 歩きながら話すと、意外と喉が渇くもので、あの喫茶店が見えてくると、わたしも何だか嬉しくなった。
 けれどその数十倍、隣の彼女は嬉しそう。

 シックな扉をうきうきと押し開いて入っていくその後ろ姿に、小さく笑いながら、彼女の後ろについて喫茶店に入る。

 時間を見れば、2時を過ぎた頃で、意外と滝までは時間がかかったようだった。

「カウンターでもいいですか?」

 昨日も居たウェイトレスの子に、にこにこしながら尋ねている彼女。嬉しそうな彼女の声に、丁度カウンター席が空いていてよかったとわたしは目元を緩めた。

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 相変わらず店の中は穏やかな空気が流れ、お客さんの数もそう多くはない。しかし、来客が無いという訳ではない。
 安定した経営をするこの店の店主は、わたし達が席につくと、ニヤリとした。

「よう、いらっしゃい。昨日ぶりじゃねぇか。そんなに俺に会いたかったか」

 軽口は相変わらずで、素直な雀ちゃんは「ハイ!」と笑顔を向けている。

「嬢ちゃんは素直だなぁ」

 マスターは雀ちゃんの素直さに影響でも受けたのか、ハハと声をあげて短く笑った。昨日初めて彼を見た時にはその強面が笑うだなんて全く想像は出来なかったのだけど、笑うと目尻に皺が出来て、意外と可愛い顔になる。

 その顔を観察するように眺めていると、彼はわたしにも目を向けた。

「お嬢ちゃんは俺に会いたかったか?」
「ええ。とても」

 何故、雀ちゃんは嬢ちゃんで、わたしはお嬢ちゃんなんだろう。
 内心首を捻りながら、試しに営業スマイルを向けてみる。
 するとやはり、彼は言うのだ。

「素直じゃないねぇ」

 喉の奥でクツクツと笑う彼にはやはり、仕事で磨きをかけた愛想笑いは効きそうになかった。

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 ウェイトレスさんが運んでくれたお水とおしぼりにお礼を言うと、満面の笑みで「ごゆっくりどうぞ」と言われた。
 まだ、注文もしていないのに、なんて思うけれど、その笑顔で言われると悪い気はしない。

「なちはお嬢ちゃんのこと、気に入ってたもんなぁ」
「え?」

 カウンターの中から届いた意外な言葉に、わたしはトレーを持って去りかけていた彼女に視線をやった。

「ちょっ!? マスター! しー!」

 慌てて振り返り、口の前に立てた人差し指をあてたウェイトレスさんが言うけれど、もう遅い。聞いてしまったし。

 ……でも、わたしを気に入っていたって、どういうことかしら?

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 気に入られて悪い気はしない。
 突然の暴露に狼狽え、バツが悪そうにちらちら視線を寄越すウェイトレスさんに微笑んでみせると、彼女は顔を赤らめた。

「いえ、あの、すごくお綺麗な方だなっておもって……」

 まるで愛の告白みたいに顔を真っ赤にする彼女から、思ってもみないセリフを告げられ目を開く。そんなわたしの反応に慌てて「ごめんなさいっ」なんて頭を下げる彼女は、どこか雀ちゃんに似ていた。

「謝らないで。そんなふうに思ってもらえて嬉しいわ。ありがとう」

 見ず知らずの子に、綺麗と言ってもらえるなんて、素直に、嬉しかった。

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