※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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普段、そんな話題は出さない愛羽さんの口から零れたその言葉は、私の気持ちに一滴の墨を垂らした。
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~ 湯にのぼせて 4 ~
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私と愛羽さんの良い雰囲気の中突撃してきた仲居さんの手が、テーブルにガラス製の小さなグラスを置いた。続けて、先付けの器も置く。
「すぐに次のお料理お持ちしますね」
にこやかに去っていく仲居さんの足音が聞こえなくなってすぐに、私は目の前の小さなグラスを指差した。
「い、いいんですか、コレ」
「言わなきゃバレないわよ」
クスクスと悪い笑みを浮かべて、愛羽さんはグラスに入った薄桃色の食前酒に口をつけた。
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言わなきゃバレない。
まぁ……そうなんだけど。
私が何を迷っているのかというと、この食前酒を飲むかどうかだ。
一応まだ未成年だから、何かトラブルが起きても面倒だし家の中以外じゃ飲酒禁止ルールを作っている私。一緒にいるのは大人っぽい愛羽さんだし、たぶん、外見的には私も成人しているように見えるんだろうな。
仲居さんは迷いなく、それを私達の前に置いていったから。
「真面目なんだから」
美味しいわよ、この果実酒。と愛羽さんが視線で勧めてくる。
確かに、この小さなグラスにあるだけなのに、香ってくる桃の香りは美味しそうだ。
「わたし、レモンサワーにしよっと」
愛羽さんは追い打ちをかけるように、仲居さんが置いていったドリンクメニューを眺めて言う。その目は楽しそうだ。
つい5分前まで、私の下で瞳をうるませていたくせに。
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早く誕生日がくれば、こんな悩みなくなって「私は生ビールで」と言えるのに。
眉を寄せて、後ろ頭をかいたところで、仲居さんが帰ってきた。大きな盆の上には、前菜が綺麗に盛り付けられた器がふたつ。
「お飲み物、お決まりになりましたか?」
運んできた料理をテーブルに並べながら、にこやかに仲居さん。
「わたし、レモンサワーでお願いします」
愛羽さんがさらりと答えて、私へと視線を投げてくる。それを追うように仲居さんの視線も私へと注がれた。
「……生ビールでお願いします」
「はい、かしこまりました。すぐお持ちしますね」
やはりにこやかな仲居さん。どうやら、バレてはいないようだ。
料理を並べ終えるとすぐに部屋から出ていった。
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「だからバレたりしないって。逆に固い雀ちゃんの方が怪しまれるわよ?」
クスクスと我慢できなくなったように笑みをこぼしながら、愛羽さんが料理に箸をつけ始めた。
まぁ……確かにそうかもしれないけれど……。
小心者なのだから、仕方ないじゃないか。
でも、もう生を頼んでしまったのだから、キッパリと割り切るしかない。
私は目の前に置いてあったグラスを手に取って、その液体を喉へと流した。
口に含む前から桃の香りが漂っていたが、一口飲めば鼻腔へとさらに広がる香り。果実酒独特の甘さが舌を撫でて、喉を滑り落ちていった後には微かなアルコールの後味。
「美味しい」
「ね」
相槌を打つ愛羽さんが、どこかうれしそうに笑顔を浮かべた。
その笑顔が何か意味を持つような気がして、理由を尋ねようとしたとき、また仲居さんがやってきた。
えらく速い動きだけど、廊下に出た瞬間、裾をからげてダッシュしてるんだろうか。
いや、そんな筈ないかと馬鹿な考えを打ち消す私の前に、椀と、生ビール。愛羽さんの方には、レモンサワー。
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その後も、私達の食事の進み具合をどこかに設置してある監視カメラでチェックしているのかと思ってしまうくらいベストタイミングで、仲居さんはお造り、焼き魚、鍋物、飯、甘味と料理を運んでくれた。
そしてデザートの器を下げるとき、仲居さんがにこやかに言う。
「お風呂へは行かれましたか?」
「ええ。とってもいいお湯でした」
のぼせていた人がよく言う、と脳内でのみツッコミを入れながら、満腹の腹を撫でる。うん、確実に食べ過ぎた。
「もうすこししたら、また入りに行こうかしら」
ね? というようにこちらへ視線を投げて首を傾げる愛羽さんに頷き返し、心の中で今度は必ず早めに風呂から引っ張り出そうと誓う。
「でしたら、お酒とおつまみ、運んでおきましょうか?」
お風呂上りにお部屋でいかがです? と上手いセールストークに乗せられて、愛羽さんはもう3杯も飲んだ筈なのに、その提案に乗っていた。
私達がお風呂へ行っている間に、冷蔵庫にお酒とおつまみを入れておいてくれるらしい。
この仲居さん、食事を運ぶタイミングといい、最後のお酒といい、かなりのやり手ではないんだろうかと舌を巻く。
上機嫌で赤ら顔の愛羽さんと私に見送られ、彼女は去っていった。
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「感じのいい仲居さんが担当でよかったわ」
「そうですねぇ」
流すように相槌をうちながら、綺麗に拭かれたテーブルにアルコールの熱を持った頬を押し当てる。が、この体勢、腹を圧迫して苦しい。
のそりと体を起こして、座椅子にもたれかかると正面の愛羽さんが気だるげにテーブルに頬杖をついた。
「でも最後にお酒売りつけていくのは尊敬できる商い魂」
「売りつけるってそんな」
彼女の口の悪さに苦笑すると、とろりとアルコールに溶けた瞳に正気を戻して愛羽さんは私に解説する。
彼女曰く、ゴールデンウィークの稼ぎ時なんだから、忙しいし、接客に手を抜いてもいいはず。(いやよくはないと思うけど。)手を抜いたとしても、きちんと収益は出ている筈だから。
でもそんな時でもさらに稼ごうとわたしたちの飲みっぷりを見て勧めてくるあたり、素晴らしい。
別にお酒を飲みたかった訳ではないけど、彼女の尊敬すべき商い魂に敬意を払って、仲居さんの提案を受けたのだ。
酔っていながらも、それだけビジネスの視点で物を言える愛羽さんに私は尊敬するけれど、と彼女に言い返すと、その瞳が嬉しそうに細められた。
「雀ちゃんはいーこだねぇ」
「どこがですか」
間延びした愛羽さんの声。
どうやら、ビジネス講義は終了したらしい。
先程までと違って、彼女はだらりと肩の力を抜いて、私を眺める。
「プライベートでも、こうやってビジネス語るわたしを嫌わないでいてくれるから、いーこ」
こちらに身を乗り出して手を伸ばして、テーブル越しに頭を撫でる愛羽さんの過去の恋愛を、一瞬、垣間見た気がした。
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