隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 38話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 隣に居てくれる温かさ。

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 ~ 湯にのぼせて 38 ~

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 ちょんちょん。
 頬に何か当たった気がした。

 夢現な状態で重たい瞼を押し上げ、薄目で何かと窺ってみると、雀ちゃんがわたしの髪を撫でた。
 どうやら、彼女がわたしの頬を突いたみたいだった。

「……はよ」

 思わず漏れた欠伸を手で覆いながら言うと、雀ちゃんは嬉しそうに「おはようございます」と言う。

 一体何がそんなに嬉しいのかと聞けば、彼女ははにかんだ。

「こんなに愛羽さんとずーっと一緒に居られたのは、初めてだなぁと思って」

 嬉しくて触ってたら起こしちゃいましたね、なんて照れくさそうにちょっと申し訳なさそうに言うもんだから、わたしは起き上がって彼女の唇を奪った。

 まったくほんとに、この子はすぐこういう可愛い事を言うんだから。可愛くて仕方ない。
 目を白黒させて驚いている彼女に小さく笑って、「よし、今日は滝にいこっか」と昨日仲居さんから入手した観光スポットへ誘えば、雀ちゃんは子供のように頷いた。

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 朝食をとって、身支度を整えて、滝への道をゆっくりと二人で歩きながら、ぼんやり考える。

 確かに、雀ちゃんの言う通りかもしれない。
 家が隣同士で、世の中の他のカップルより確実に一緒に居る時間は長い。でも、大学生と社会人では行動時間がすこしズレているし、わたしは残業。雀ちゃんはバイトで、夜、家に確実に居る訳でもない。

 そう思い返せば、ここまでべったり二人きりで、一緒に居続けるのは初めてだ。

 ちょっと……なんだか、照れくさい。

 隣を歩く彼女を見上げると、どこか一点をじっと見つめながら歩いている。

「?」

 視線の先を探せば、昨日立ち寄った純喫茶。
 わたしはちょっとだけ笑った。

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「ん、何笑ってるんですか?」

 わたしの様子に気が付いた雀ちゃんは純喫茶から視線を外してこちらへ向ける。
 わたしは手を伸ばして彼女の頭を撫でた。

「滝から帰ったら多分、喉乾いてるよね」
「え? あぁ、そうですね」

 何故自分が撫でられてるのか。
 何故そんな当然の事を聞くのか。
 疑問符を頭にたくさん浮かべた雀ちゃんの頭から手を引いて、通り過ぎた純喫茶をチラと見遣る。

「またあのお店の美味しいコーヒー飲んで帰ろうね」

 わたしの言葉に、雀ちゃんの顔がぱあぁっと明るくなった。

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 大学生にしてこの純粋さはホント、貴重よね。
 撫で回してあげたくなる気持ちをなんとか抑えて、隣を見上げて言う。

「雀ちゃん、行きたい所には行きたいって言っていいのよ?」

 恋人に遠慮なんかしてちゃだめ。
 諭すように言ってみると、彼女は少し困ったように眉尻をさげた。

「確かにあの喫茶店には行きたかったですけど、昨日行ったばかりじゃないですか。そう頻繁に行くものでもないし、しつこいかなって思って」

 うーん、そう言われると気持ちはわからなくもない。
 わたしはやはり彼女の頭を撫でて、微笑んでみせた。

「貴女がコーヒーを好きだって知ってるし、昨日とても喜んでいたのも知ってるわ。好きなものは何度でも欲しくなる気持ちも解るし。だから、行きたいと思ったなら今度からはそう言ってみて?」

 ね? と首を傾げると、彼女はわたしの手をとった。きゅうと握り込まれるその手の温かさを感じながら、握り返す。

「ありがとうございます」
「恋人に遠慮しちゃダメよ?」

 重ねて言うと、彼女は頷いた。
 そんな息の詰まるような関係で居たい訳ではない。気遣いは嬉しいけれど、彼女には自然体で居て欲しいと思う。

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 教えられた道をしばらく歩いてゆくと、徐々に山へと入っていく。
 緑が増えてゆく視界にわくわくしながら周りを見回せば、あまり人が居ない。

 ……? あまり知られていない観光スポットなのかしら……?
 でも、あの仲居さんの慣れた話し振りでは、有名所なのかと思ったんだけど。

 そんな事を考えながらふと気が付けば、いつの間にか歩くスピードが落ちている。
 わたしの、ではなく、隣を歩く雀ちゃんの。

 どうして、と考えを巡らせ始めて、足元を見れば、合点がいく。
 舗装されているとはいえ、道がそこまで良い訳ではない。そして、こんなハイキングに近い事を想定していなかったわたしの靴。

 彼女はもともとスニーカーを履いているからそこまで影響はないけれど、わたしの靴ではちょっと辛いものがある。

 まったくどうして、この彼女はこんなにいい子なんだろう。

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 こうして気遣いをしてくれる彼女は、細かい事によく気がつく。

「ありがとね。雀ちゃん」
「へ?」

 木を見上げていた雀ちゃんは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見下ろしてくる。
 そりゃあそうか。何の前触れもなくお礼を言われたのでは驚きもする。

「ゆっくり歩いてくれて」
「ああなんだ。そんなことですか」

 何かと思った、なんて安堵した表情を浮かべる雀ちゃん。
 そう、彼女にとっては”そんなこと”なのだ。

 細やかな事に気付きやすいと象徴される女性だけど、世の中の女性がこういう事に気付くとは思えない。

 世の女性が歩くスピードに違和感を覚えるのは、自分が置いて行かれるからだ。先に先にと歩かれれば嫌でも歩くスピードや歩幅に気付く。

 そうではなくて、置いていく側の人間がこうして気が付けるのは素直に、尊敬に値する程の視野の広さをもっていると思うのだ。

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 なんか、長く一緒に居れば居る程、この子の良い所が見つかっていく。
 それはとてもいい事なんだけれど、逆に、自分はどんなふうに見られているかが気になってくる。
 しかも今回の旅行では、初っ端からのぼせて部屋で転がったりしてたし……。

 もしかして、ああいうのってがっかりさせちゃったりするのかしら……。
 ああどうしよう、ちょっと不安になってきちゃったかもしれない。

 外見と内面の話としては違うけど、「イケメンの隣を歩きたくない」というのと似ていると思う。

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「あ。」

 落ち込むわたしの心露知らず、いきなり雀ちゃんが声をあげた。
 その声につられて顔をあげると、彼女は空を指差した。

「滝の音、聞こえませんか?」
「え?」

 言われて、立ち止まり耳を澄ませてみると……聞こえる。

「聞こえるね!」
「近付いてますね。行きましょう」

 なんだか冒険をしているみたいで、わくわくするこの感じ。
 知らない土地で、まだ見ぬ滝を探す。といっても、時折現れる道しるべの看板通り歩くだけなんだけど、それでもやっぱり楽しいし、わくわくが止まらない。

 落ち込んでいた事はちょっと心の隅に仕舞っておいて、同じように期待感を募らせている彼女を見上げる。

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「ん?」

 見上げられた事に気が付いたのか、歩きながら雀ちゃんが「なに?」というように首を傾げた。

「なんか、楽しいね」

 森の散策が楽しいのもあるけれど、何より、二人でこうして歩いている事のほうが楽しい気がする。

「そうですね」

 と笑ってくれる人が隣にいる。
 それが何より、楽しくて、嬉しかった。

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