隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 26話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 仕事馬鹿な頭。

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 ~ 湯にのぼせて 26 ~

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 お風呂から部屋に戻って、ゆっくり……もとい、いちゃいちゃしていると、耳にノックの音が転がり込んできた。

 ――そういえば、もうそろそろ夕食の時間だったかも。

 彼女の口内から引き上げた舌で終わりを告げるように濡れた唇を小さく舐めてから離れる。ゆっくりと瞼を開けると、雀ちゃんのとろりと蕩けた瞳に見つめられた。

 キスに夢中だったと語る瞳に「可愛い」と微笑んで、名残惜しさを感じながらも入り口へ顔を向けた。

「はーい。どうぞ」

 彼女の座る座椅子の背に手をかけて立ち上がりながら、雀ちゃんのびっくり顔にわたしは吹き出す。
 仲居さんの「失礼いたします」という声を聞きながら、見下ろす彼女に小声で問う。

「ノックの音もしかして聞こえてなかった?」

 バツが悪そうに口を噤む雀ちゃんの頭を軽く撫でて、テーブルの向こうにある自分の座椅子へ戻る。
 衣擦れの音の後に滑らかに襖が開かれて、昨日の仲居さんが姿をみせた。

「お夕食をお持ちいたしました」

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 ノックの音が聞こえなくなるくらいわたしに夢中になってくれていた雀ちゃんは照れているのか、部屋の奥にある窓の外を眺めるように顔を背けた。
 ほんと、分かりやすいというかなんというか。

「ありがとうございます」

 わたしの言葉に仲居さんは軽く頭をさげてから、もってきた布巾でテーブルをふいた。
 その間をもたせる為だろうか、彼女はにこにこしながら世間話を始めた。

「今日はどちらへお出かけになられたんですか?」
「近くをぶらぶらと。いいお店が多いですね。明日も特に予定を決めてはないんですけど、どこかおすすめのスポットとかあります?」

 柔らかく思案顔を浮かべた彼女は、拭き終えたテーブルに小さなグラスを置く。

「小さいけれど、滝があるんですよ」

 なんでも聞けば、歩くとすこし遠く感じるかもしれないけれど、森の方に滝があるそうだ。
 真夏の暑い日でもそのあたりは涼しくてマイナスイオン浴もできるらしい。

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 食事を頂きながらその滝への行き方を聞いておく。
 仲居さんの分かりやすい説明に、隠れスポットではない気配を感じる。
 手慣れた説明というのは回数をこなしている訳であって、そこに幾人もを案内をしたことがある、という訳だ。
 まぁ、明日そこに人が集中するかどうかは予測できないけれど、ゴールデンウィークなのだから、多分、マイナスイオンは薄まってしまうだろう。

 少し残念だがそこは仕方がない。
 雀ちゃんの方を見れば、食前酒のグラスを傾けている。

「行ってみましょうか」

 わたしからのおねだりの視線を感じたのか雀ちゃんはゆるり目を細めて頷いてくれた。

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 仲居さんにより次々と運ばれてきた食事は、昨日とメニューは違えど美味しさは同じ。どれもこれも美味の料理にお腹は満たされていった。

 食事の後にお風呂に入るか尋ねられて、迷ったけれど、わたしは横に首を振る。
 夕食前に入ったから、なんとなく、もういいかなって気持ちがある。昨日二回も入ったからかもしれない。
 確かにお肌はすべすべになるんだけど、熱い湯に浸かるのが苦手なわたしはそこまで日に何度ものお湯は向いていないみたいだった。

「ではお布団、ご用意しましょうね」

 そう言い残して仲居さんが一度ドアの向こうへ姿を消した。最後の食器を下げに行ったのだろうか。

 ――にしても、布団の用意……時間的には早くないかしら?

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 あぁでも、いまから食事後のお風呂ラッシュがあって、部屋に人が居ない間に布団を敷くのが仲居さんたちの仕事だから、早く出来る部屋からさっさと済ませたいってことかしら。

 仲居裏事情をなんとなく想像しながら、いっぱいになったお腹をさする。昨日今日と夕食が美味しくて、確実に食べ過ぎてる。
 明日の夜もこの豪華な食事が待っている。

 ――……家に帰って体重計に乗るのが恐い。

 食べ過ぎはよくないと思うんだけど……美味しいのよねぇ。
 なんて心中でぼやいていると、仲居さんが戻ってきた。

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「失礼いたします」

 とふたつの声が聞こえて、食事の世話をしてくれた仲居さんの他にもう一人、若い仲居さんが増えていた。
 わたしと雀ちゃんは邪魔にならないように窓の側へと移動した。

 布団を敷くには先程使っていたテーブルを部屋の端へと移動させないといけない。
 仲居さんの仕事は結構ハードワークな内容みたい。

「重たそうですけど、手伝った方がよかったですかね?」

 彼女達の仕事を眺めながら雀ちゃんが言う。
 うーん。その心遣いは嬉しいと思うけれど……。

「雀ちゃんがバイト先で、お客さんが親切心から飲み終わったグラスをシンクまで運んでくれたらどう思う?」
「え、あー……申し訳なくなっちゃいます」

 現実にそんなシーンは無いだろうけれど、想像して渋い顔をする雀ちゃん。

「そういう事だから、任せておけばいいのよ」

 客が仕事に手を出すことほど迷惑な物はない、と昔接客業をしていた先輩から聞かされた。
 現場の人間の言うことは大概、その通りなので、わたしはそのことを耳にしてから必要以上に、仕事をしている人に親切をしないことにした。

 もちろん、危なっかしければ手は差し伸べていいけどね、と雀ちゃんの頭を撫でた。

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 あっという間に布団を二組敷き終えた仲居さん達は丁寧にお辞儀をして「何か御用がございましたら、お気軽にお申し付けください」と微笑みを残して部屋を去っていった。

 流石の早業。
 わたし達みたいなギャラリーが居ても手早く、なおかつ、裾捌きもきちんとしてた。
 この旅館の仲居さんは皆、手際がいいのかしら。何時間くらいの研修を新人にさせるんだろう。

 そんなふうに仲居さんについて考えを巡らせていると、雀ちゃんの人差し指がわたしの眉間にピタリとあてられた。

「難しい事、考えてますね?」

 どうやら皺が刻まれていたみたいで、そこをぐりぐりと押してから雀ちゃんの指は離れていった。

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 ホント、駄目な癖だと思う。
 プライベートでもこうしてビジネス視点で何事も見てしまう癖。

 以前お付き合いしていたひとにも、この癖を呆れられて、「君と居るとなんだか休まる暇がない」と振られてしまったのだ。
 わたしにとってこういう考えをすぐ巡らせてしまうのは当たり前の事だけど、それが他人にとっては「仕事馬鹿」と映ってしまうと気付かされた一件だった。

 それ以来、プライベートでは不用意に思っている事を言わないように気を付けているんだけど、まだ、考えないようにする所までは至っていない。

 押さえられた眉間に手をやって、誤魔化すようにぺろりと舌を出して見せた。

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