隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 2話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 そういえば、愛羽さんは、熱いお湯がニガテだった。

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 ~ 湯にのぼせて 2 ~

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「それでは失礼いたします。ごゆるりとお寛ぎくださいませ」

 仲居さんが頭を下げた後、静かに襖を閉めて部屋を出ていった。見届けて3秒後、私はふぅと肩から力を抜く。やっぱり、初めての場所で、初めての人は緊張する。
 そんな私と相反するのが、愛羽さんだ。

 備え付けてあった茶器やポットを広げて、「おちゃ~おちゃ」と、さっそくお茶を淹れている。
 なんとも順応が早い。

「はい、どうぞ」

 テーブルにことんと置かれた湯呑。湯気がたち、ほのかに茶の香りが漂ってきて、鼻腔をくすぐる。
 お礼を言って凭れていた座椅子から背中を浮かせて、ずずずと茶を啜り、熱いくらいのそれを飲み下して、ほっと息をつく。
 温かいものを飲んだあとの、この「ほっ」っていうのは、なんだかとっても安心する。

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「ほんと、慣れてますねぇ」

 テーブルを挟んだ反対側の座椅子に座って、お茶を片手に捲っているのは旅館の説明書みたいなもの。例えば館内地図とか、どんなサービスがあるのかとか、この近くにどんなオススメのお店があるのかとか。そういった事がまとめて冊子にしてあるのを、彼女は手慣れた様子で眺めていた。

 その前には仲居さんと、ご飯とか布団を敷きに来る時間とかの話を進めてくれたし。

「まぁ出張で温泉宿はないけど、泊まる事自体はねー」

 なんとなく、二人とも力の抜けたような話し方なのは、すでに温泉宿の効果なのだろうか。
 のんびりとした空気は心地良くて、私はゆっくりと茶を啜る。

「本当はね、ここの部屋付き露天風呂がある部屋が良かったんだけど、もう埋まっちゃってて。くやしい」

 トン、と彼女の指が指したのはこの宿のさまざまな部屋紹介のページ。
 ……また高級そうな部屋を……。
 太っ腹にもほどがある。

 予約できなかったことを半分良かったと思う気持ちと、悔しそうな彼女を見ると残念に思う気持ちが沸き上がる。
 私は苦笑を浮かべては湯呑に口をつけるのだった。

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 それからしばらく部屋でゆっくりして、食事の前に一度温泉へ浸かることにした。
 この宿の周りには土産屋や甘味処もあると冊子に書いてあったのだけれど、3泊もするのだから明日にでもゆっくり出掛けようという愛羽さんの提案だ。

「お肌すべすべになるかな」

 大浴場へ向かう廊下を歩きながら温泉の効能を期待してウキウキしている愛羽さんを見下ろす。

「今でもスベスベですけど」

 触っていて飽きないくらいにはツルツルスベスベだ。
 まったく下心もなく、ただ事実を告げたつもりだったのだが、愛羽さんから肘鉄を食らった。

「むっつりスケベ」

 前を向いたままで歩きながらも、ちょっと赤くなっている所が可愛いかった。

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 可愛い。可愛くない。
 そんな問答とも言えないような言葉の応酬に頬を緩めながら歩くと、大浴場へ到着した。

 女湯の暖簾をくぐってみれば、まだこの時間だと人は少ないようで、適当な所のロッカーを使わせてもらう。
 学生時代だと、恥ずかしがって服を脱がない子とか居たなぁなんて思い出していると、隣では愛羽さんがさっさと脱いだ服を軽く畳んでロッカーへ仕舞っている。

 うん、妙な所で男らしいというか潔いというか、なんというか。ベッドの上じゃああんなにも、脱ぐことを躊躇うくせに。
 その差がなんだか面白くて、内心クスリとしながら、倣って私もロッカーへ服を仕舞った。

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 温泉特有の硫黄臭に包まれた大浴場。
 脱衣場と大浴場の境であるガラス戸を開けて、私達はそれぞれ感嘆の声を上げた。

 大きな浴槽の中央に高く積み上げられた巨大な石。その真ん中からは源泉が湯気をたてて流れてくる。

「さすが、源泉かけ流し」

 事前に仕入れていた情報なのだろう。愛羽さんが満足そうに言って、洗い場へ歩き出した。
 その後ろをついていきながらも、やはり中央の巨大岩石の荘厳さに目を奪われていると、突然愛羽さんに手首を掴まれた。

「こら。ちゃんと前見て歩きなさい。すべって転ぶよ?」

 まるで子供のように注意され、手を引かれて歩く姿はたぶん、かなり情けない。
 困り顔を浮かべて口をへの字に曲げていると、チラリと私を見遣った愛羽さんに笑われた。

「これに懲りて余所見して歩かないことね」

 確かにこういう所のタイルは濡れているし滑りやすいけれど……その顔は半分私の反応を楽しんでいるな。くそぅ。

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 彼女に連れられてやってきた洗い場の小さなイスに腰掛ける。
 愛羽さんはまずお化粧を落とすみたいで、クレンジングオイルを手に取った。

 ここでお化粧を落とすとなると、色んな人にすっぴんを見られる訳だけど、あんまり気にしないみたいだ。
 世の中には、恋人にすっぴんを見せない人が居るのだと聞いた事があるけれど、愛羽さんがそういう類の人じゃなくて良かったと心底思う。

 素顔を見せてくれない恋人とか、私は嫌だな。多分、本人としては常に綺麗な自分を見て欲しいってことなんだと思うけれど。

 そんな事を考えながら髪や体、顔を洗い終える。
 まだ愛羽さんは途中のご様子。隣で待って洗い場を占領し続けるのもどうかと思って「先に行きますね」と声を掛けて立ち上がった。
 彼女の「はーい」という返答を聞きながら、使ったイスや洗面器をざっと流して、さっき見惚れてしまった巨大岩石の元へ。

 近づいてみると、更に大きさが増す。

 また余所見、と叱られるといけない。一度それから視線を外して、たっぷりと源泉を湛えた浴槽へと体を沈めた。
 熱いくらいの湯がピリピリと肌を刺激するけれど、このくらいの熱さが好みだ。

「……あー……」

 気持ちいい。

 思わず零れた心からの声。

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 湯の熱さに体が慣れてくると、浴槽の壁に寄りかかって体重を預けて、源泉が流れる巨大岩石を眺める。
 源泉かけ流しと愛羽さんが言っていたから、あれは多分ずっと流れ続けているのだ。この湯の熱さからすると、岩を流れる源泉はかなりの高温なんだろう。
 だから、容易く触れないように囲いはしてある。

 本音を言えば、あの巨大な岩をぺたぺた触ってみたいし、なんならよじ登ってみたいとさえ思う。
 昔から大きいものを見ると登りたくなる性分で、ジャングルジムはもちろん、昇り棒、公園の木、ビルの非常階段。大きくて高い所へ行けそうなものなら、大概登った事がある。

 さすがに今はいい大人になったし、実際に登ったりはしないけど、正直、登りたい。

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「そんなに熱心に見て、なにかあるの?」

 どこにいるのか探しちゃった。と続けて言いながら、私の隣へやってきたのは愛羽さん。
 あれに登ってみたいんです、だなんて言った日には大笑いされるのは明白なので、横に首を振る。

「大きいなぁと思って」

 当たり障りのない事を言えば、愛羽さんは湯に足を沈めながら小さく笑った。が、その顔はすぐに歪んでいく。

「あっつ、熱くないこのお湯……!?」

 私よりも熱いお湯に弱い彼女。
 私でも熱いと思ったお湯は、愛羽さんにとってはかなりの熱湯風呂だろう。

「足だけ浸けときます?」
「やだ、全身すべすべになる」

 即座に言い返されて、吹き出す。そんな、小さい子みたいに必死に言わなくてもいいと思うんだけど。
 ほんと、可愛いなぁ。

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 まるで亀か、ナマケモノか。そのくらいゆっくりのスピードで愛羽さんはじりじりと湯に体を沈ませていく。
 その様子が面白くて、隣でわざと湯を波立てるとキッと睨まれた。熱いからお湯を動かして欲しくないのだろう。

 かなり時間をかけて、やっと浴槽の床に腰を落ち着けた愛羽さんは、きゅっと目を瞑って体を熱に馴染ませているみたいだ。
 横で笑うと、太ももを抓られた。

「いった…、あー、痛いから暴れなきゃ」

 まぁそこまで痛くはなかったけれど、仕返しだ。
 彼女の体目掛けて新鮮で熱い湯を送り込むように、手でお湯をかき回す。

「ぅきゃ、ちょ、やっごめんなさい許してあついっ」
「可愛いから許します」

 お湯を送ろうとする私の腕を掴んだ愛羽さんに微笑むと、ジト目で責めるように見られた。

 責めるその顔すら、かわいいんだよなぁ。

 
 頭の中を可愛いでいっぱいにしながら、もうすこし、この湯を楽しもう。

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