隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 1話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


2話→


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 ……あぁ……やばいぞ。

 花火の時の浴衣もそうだったけど、破壊力が凄まじい。

 改めて、私は和装の女性が好きだと自覚した。

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 ~ 湯にのぼせて 1 ~

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 そろそろ暑くなってきた6月。
 梅雨の走りの空模様が何日も続いたかと思えば、いきなり夏日がやってくる。
 体調でも崩しそうな気候だなんてため息を吐きながら、仕舞い込んでいた夏用の鞄を引っ張り出す。

 そして、仕舞うのが面倒で放置してしまっていた大き目の旅行鞄を、これを機にと仕舞い込む準備中、ポロリと出てきたのはゴールデンウィークに愛羽さんと行った温泉宿でもらった小さな栞だった。

 温泉宿の宣伝で配布用に作られたものなんだろう。普通の栞よりは小さなそれを拾い上げれば、脳裏に蘇る彼女の和装。

 温泉で貸し出されるあの浴衣って、どうしてああも、色気が溢れる姿に変身するのだろうか。

 どことなく栞の色合いがその浴衣を思い起こさせて、私はいつの間にか鞄の事も忘れて、あの宿での出来事を懐かしんでいた。

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 時は遡り4月の上旬。

 ゴールデンウィークの予定はどうするんだろう。愛羽さん仕事忙しいし、ここぞとばかりにお偉いさんの接待とかあるのかな。二人で遊びに行ったりできないんだろうか。
 なんて思って、連日帰りの遅い愛羽さんと顔を合わせる頻度も減ったことを、一人部屋で嘆いて大学で出された課題を進めていたとき、コンコンコンとノックをしていつの間に帰ってきたのか気付かなかった愛羽さんが私の部屋へ入ってきた。

「おかえりなさい」

 彼女の顔を見ただけでなんだか心がふわっと温かくなるのは気のせいではないだろう。
 ただいま、と応えてくれるその笑顔はなんだか久しぶりだ。

「雀ちゃん。5月2日って大学? ゴールデンウィークのご予定は?」

 5月2日? カレンダーを見れば3連休と3連休に挟まれたその日は月曜で平日。普通ならば学校なのだけれど、私がとっている講義は全部、その日は休講となっていた。

「その日大学は休みで、バイトは店自体ゴールデンウィーク中は開けないんで無いです」

 返答を聞くと、愛羽さんは嬉しそうに座ったままの私に近付いてキスをしてきた。
 突然、耳に手の平をあてるようにして抱かれた頭と、塞がれた唇に驚くも、さらりと肩から落ちてきた愛羽さんの長い髪にドキドキする。
 髪が肩から前へ零れ落ちる瞬間に、たまらなく色気を見てしまうのは私の性癖だろうか。

 ちぅ、と私の下唇を軽く吸って離れた愛羽さんは、イスに座ったままの私を見下ろして言った。

「温泉、3泊4日で行こっか」

 嬉しい驚きに、目を見開いた。

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 4月の末から5月頭にかけての温泉旅行をいつから計画していたのかは教えてくれなかったけれど、どうも話を聞いていると、最近帰りを遅くしてまで仕事をこなしていたのはその確実な休日を獲得するためだったみたいだ。

 彼女のその気配を察すると、私も仕事が忙しいからと遠慮してまごまごしていてはいけなかったなと反省。だって、愛羽さんが温泉旅行の計画を立ててくれていたからゴールデンウィークを楽しく過ごせるのだ。
 それが無かったら……。

 楽しそうに携帯電話で温泉宿のサイトを私に見せてくれる愛羽さんを横目に、もっと積極的になろうと密かに胸に誓ったのだった。

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 そしてゴールデンウィーク。
 新幹線や宿の予約等すべて愛羽さんがそつなくこなしてくれて、私は自分の荷物をまとめるだけで良かった。
 さすがに申し訳なくて、素直に謝ると、愛羽さんはキョトンと目を丸くした後、吹き出すように笑って「わたしは出張で新幹線の予約とか宿取ったりとか慣れてるからね」と私の頭を撫でてくれた。

「でも、そんなに気にするなら、次の旅行は雀ちゃんに計画お願いしようかしら?」

 目を細めて微笑む愛羽さんに、私はぶんぶんと頷くのだ。
 たぶん、私は逆立ちしてもこの大人過ぎる愛羽さんには敵わないんだろうなぁ。

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 彼女と連れ立って新幹線に1時間ほど揺られる。と言っても、電車ほど揺れたりしない。
 新幹線に乗ったことが無い訳ではないけど、圧倒的に電車に乗る機会の方が多い学生にとって、満員に近い乗車率の駅や新幹線は新鮮そのものだった。
 しかもグリーン車の指定席を取っている彼女の太っ腹すぎる金遣いに驚く。

 元々、「今回の温泉旅行はわたしが発案したんだから、雀ちゃんはお金いいよ」と愛羽さんは言っていたけど、流石にそれは出来ないと首を振り続けた結果の押し問答が。

「じゃあ千円だけ出してもらっていい?」
「半額だしますって」
「じゃあ五千」
「半額」
「じゃあ七千」
「はんがく」
「ん゛ー……1万円! これで勘弁して!」

 という謎の値切りとは逆行為。
 半額出すと譲らない私を拝むように両手を合わせた愛羽さんに根負けして、1万円だけ出したのだけど……。

 グリーン車が割高だと知っているし、ゴールデンウィークに温泉宿の宿泊費が高騰することも知っている。
 確実にこの旅行は2万円で収まらないと予想出来るところが、苦しい。

 年上の彼女を持つ苦労かと甘んじて受け入れながら、次の旅行は絶対全額出してやろうと企むのだった。

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 二人で並び立ち、温泉宿の前。

「……ぅわぁ……」

 私は間抜けとも言い表して良い声を零した。
 それ程に目前に広がる建物は感嘆すべき存在だった。
 古さを活かした木造のつくりも、それを覆う屋根瓦も、踏み石を囲う白玉石も、軒先に吊るされた大きな提灯も、全てに魅力を感じた。

 私の隣では愛羽さんが満足そうにその全体風景を眺めている。どうやら、自身が選んだ宿に間違いはなかったとご満悦のようだ。

「いこっか」
「はい」

 いつまでも眺めておきたいくらいだったが、そうもいかない。

 私たちは期待に胸を膨らませながら、宿へと足を踏み出した。

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2話→


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