隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 110話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


←前話

次話→


=====

 偶然で必然なミステリー。

=====

 ~ 湯にのぼせて 110 ~

=====

 そこまで濃いメイクではないけれど、一応、ちゃんとしたメイクをしようと思うと、15分から20分はかかる。
 特にすることもなく、人のメイクしている様子を眺めるだけの時間だなんて退屈な時を過ごさせたというのに、なんだかニコニコしている雀ちゃんを、もういっそ気味が悪く感じてしまい、食堂へ続く廊下を歩きながら隣を見上げる。

「……」
「え? なんです?」

 不思議そうに、雀ちゃんは見下ろしてくる。その顔はやはり、どこか機嫌がよさそうで、口角なんてすこし、上向いている。

「もしかして、そんなにお家に帰りたかったの?」

 だから、今日は帰れるぞ! 的な感じで機嫌がいい…とか?
 自分自身、まさかそんなはずは、と思いながらも、ほんのすこーーーしだけそんな疑問が沸いて、恐る恐る尋ねた。

=====

「なんてこと言うんですか、むしろ、現実世界に戻りたくなくて、家に帰りたくないくらいです」

 今日初めて、ムッとしたような表情を雀ちゃんが見せた。それに安堵しながら、それじゃあなんでそんなに上機嫌なの? という疑問は強まる。
 廊下の角を曲がりながら、ちら、と隣を見上げた途端、バチリと視線が絡んだ。どうも、彼女もわたしへと視線をあてていたようだ。

「どうしてそんな質問を?」
「んー……なんか、すごい機嫌いいから?」

 どんな返事が返ってくるのかとどきどきしながら、わたし達は食堂へたどり着き、その席へと着いた。

=====

「えっ!?」

 雀ちゃんから聞かされた衝撃の事実に、驚きの声を短くあげた。その声が、意外にも大きくて響いて、慌てて口を手で押さえるけれど、まわりのテーブルの視線を少しだけ集めてしまって、ぺこ、と頭を下げて体を小さくする。

 それでも、先程雀ちゃんから聞いた事実をもう一度確認したくて、声を落として「本当に? あの仲居さんとウェイトレスさんが親子で、マスターが旦那さんだったの?」と問う。

 味海苔で巻いた白米をよく咀嚼して飲み込んだ雀ちゃんは、こくんと顎を引いて頷く。

「そう言ってましたよ。でも、そう考えると、夜、散歩に行ったときにウェイトレスさんが居たこととかも、つじつま合うじゃないですか」
「……確かに。そうね」

 言われてみると、そうだ。
 こんなミステリーを解ける人はそうそう居ないだろう。正解を教えてもらってもなお、なんだか本当なのかと疑ってしまうのに。

=====

 朝食を終えて、部屋にもどる途中で、つん、と額をつつかれた。

「眉間、皺。とれなくなっちゃいますよ?」

 本当は眉間をぐりぐりしてあげたいところですけど、歩きながらなんでやめときました。と少し呆れ顔の雀ちゃんに言われ、眉間に意識をもってゆくと、なんだかとても力んでいたようで、顔の筋肉が僅かに疲労している。

「だって、凄い偶然だなーって一見思うじゃない? でも、そうじゃないのよ、現実」
「どういう事です?」
「偶然であり、必然だったってこと」

 わたしの言葉に、今度は雀ちゃんの眉間にぐっと皺が寄った。
 腕を組んで、必死に言葉の意味を理解しようとしている雀ちゃんが、部屋に辿り着いた頃、唸るように言った。

「分かりそうで、分かりません」

=====

 部屋の鍵を開けて中に入りながら、軽く雀ちゃんを振り返りながら説明をする。

 仲居さんの立場からすれば、ここに旅館があって働いているのは当然だし、その近くに旦那さんがお店を構えて働いているのも、当然だ。家族が家業を手伝うというのはあることだし、ゴールデンウィークというかき入れ時に、娘が喫茶店を手伝うのも納得できるし、当然に思える。

 その当然な出来事たちの中へ、わたしと雀ちゃんが飛び込んで、それぞれの場所で、それぞれの人と交流を深めただけの話であって、複雑なミステリーのようにみせかけて、それはそれは、簡単な事実。

 わたしたちがここに来たのは、偶然。

 仲居さん達がここで働いていたのは、必然。

 それらが交わることで、なかなか面白いミステリーが、構成されたのだった。

=====


←前話

次話→


※本サイトの掲載内容の全てについて、事前の許諾なく無断で複製、複写、転載、転用、編集、改変、販売、送信、放送、配布、貸与、翻訳、変造などの二次利用を固く禁じます※


コメント

error: Content is protected !!