隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 107話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 関係性。

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 ~ 湯にのぼせて 107 ~

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 ウェイトレス? 娘?

 脳内でそう問い返していると、やはり沖田さんの顔をまじまじと見つめてしまう結果になる。
 私からの視線に疑問を抱いたのか、彼女はかるく、首を捻るようにしながら、私の名前を呼んだ。
 その幼い仕草に、脳裏でパチッと何かが弾けた。

 これを、閃いた! というのだろうか。
 何かが嵌ったような感覚が脳内に広がって、私は思わず、仲居さんを指差すように立てた指を向けてしまった。

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「あっ、あの」

 駄目だ、あの喫茶店の名前も、マスターの名前も、ウェイトレスさんの名前も、思い出せない。
 沖田さんは目を丸くして、驚きながらも言葉が紡げない私を待ってくれている。

「えーっと、えーと」
「安藤さん、落ち着いて」

 さっきは突然騒ぎ始めた私に驚いていた沖田さんも、なんだかおかしくなってきたみたいで、口元に笑みを浮かべながら、私を落ち着かせる為に両手の平をこちらに向けて、”どうどう”と押すような仕草をしてくれる。

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 そのおかげでか、なんとか、思考が上手く働いて、そういえば旅館にコーヒーを持っていっていたなと思い出した。

「その喫茶店からコーヒーの配達、昨日ありました?」
「え? ええ、ありましたよ。あの方がどうしてもエスプレッソを飲みたいとおっしゃられて」
「やっぱり!」

 一致した! とひとりで喜ぶ。
 なんだか、知恵の輪をクリアした時みたいな高揚感だった。

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「……もしかして、とは思いますけれど」

 ひとりでテンションのあがっている私に、沖田さんが何か思う所があるような感じで見つめてくる。

「安藤さん。コーヒー豆、そこの喫茶店のマスターから受け取られました?」
「もらいました!」

 その質問で、沖田さんもこちらの事情を少なからず知っている事を察して、更にテンションが上がる。

「もしかして、あの喫茶店のマスターが…」
「…主人です」

 私の言葉を引き継ぐようにして、沖田さんが照れくさそうにはにかんだ。

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 彼女が言った”主人”という言葉が、店の主人、とかいう括りと同じではないことくらい、愛羽さんに鈍いと怒られる私でも理解できる。

 つまりは、喫茶店のマスターが沖田さんの旦那さん。ウェイトレスさんが、娘さん。ということだ。

 あの時、お店に電話がかかってきていたけれど、それはこの沖田さんからの電話だったのだ。

「凄い、点と点が繋がって線になった」

 まだ興奮冷めやらぬ、というやつで、温泉に浸かっているからではなく体温が上昇したのを感じる。たぶん、このままだとのぼせる。

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「昨晩、主人から聞いていたんですけれど、私もなかなか確証がなくて言い出せなかったんです」

 その節は大変、お世話になりました。と湯船のお湯すれすれまで頭を下げる沖田さんに、今度はこちらが目を丸くする番だった。
 慌てて彼女の肩に触れて、顔をあげるように促す。

「頭をあげてください沖田さん。愛羽さんはともかく、私は何もしてませんから…っ」
「いいえ。喫茶店で、コーヒーを配達する娘に助言をくださった事は聞いております」

 言われてみれば、確かにあの時、水筒を温めておいて、タオルで巻くとコーヒーの温度が下がりにくいと教えたものの、そんな些細なことを、こんな大層にお礼を言ってもらうだなんて。

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「ほんと、あんなの大したことはしてませんから」

 また頭を下げようとする彼女の肩に手を添え、動きを制する。彼女はゆるく首を横に振って、肩にあった私の手をとった。

「安藤さんにとっては大したことではなくても、私の立場からすると、このくらいの感謝では足りないくらいです」

 沖田さんの温かい両手に挟まれた手。その手の平と甲とから、感謝が伝わってくるような触れられ方に、なんだか顔が赤くなる。
 そんな私を見た沖田さんは微笑んで、湯船から私の手を引いて立ち上がった。

「のぼせてはいけませんから、そろそろ上がりましょう?」

 優しい声音に、感謝とか、女性らしさとか、品性とか、色んなものが含まれていて、不覚にも、心臓がドキリと大きな音を立てた。

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