※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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記録された悪事。
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~ 湯にのぼせた後は 8 ~
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その後、次々に運ばれてきた食事を頂きながら、まーは2杯、3杯とビールのグラスを空にしていった。
わたしはというと、カシスオレンジを空にしてから、レモンサワーをチビチビと飲んでいた。
まーはよく食べるしよく飲む。その比率としては食べるよりも飲む割合の方が高い。
対してわたしは、空腹状態で飲むとすぐに酔いが回って食べるどころじゃなくなるから、どちらかと言えば、食べる割合の方が高い。
そんな二人がそろうと、注文した料理は次々となくなっていって、この居酒屋さんの料理が美味しいのもあって、追加注文をしてしまった。
「つくねのタレと、軟骨の唐揚げ、あと今日のオススメの酢の物ね」
「かしこまりました」
にこやかにオーダーをとってくれた店員さんだけど、多分内心はこの女二人でよく食うな、なんて思われてそうだ。
実際、自分でもよく食べると思う。
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でも上司とはいえ、会社を出てこんなふうに飲み屋さんに足を運べばもう彼女は友人の立場。気心も知れているし、遠慮もない。
だからこそ、食べたいものを食べたいだけ食べられるのだ。
彼女以外と食事に行くと、遠慮や気遣いや見栄で、食べたいものが食べられない事がよくある。
わたしが神経質なだけかもしれないけれど。
「まあでもさぁ?」
料理の注文で途切れた会話をまた再開するようにまーがビール片手に言う。
「多田は怒っていいよ。普通に」
「だって常務から言われたんでしょ? 怒るなって」
「言われたけど、それに従ってたから取引先の人怒らせました、みたいな事件起きてみなよ。常務の立場こそ危うくなるわ」
確かに、身内贔屓はコトがバレるとかなり立場が悪くなる。それは例え、常務という立場であっても、何かしらの罰が下るだろう。
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「でも、常務が多田を庇ってましたってわたし達二人が言っても、上は信じないわよ?」
「あ、それは大丈夫。録音しといたから」
「え!?」
驚きすぎて、すこし大きくなった声。慌てて口元に手でやって、すこし声のトーンを落として、若干テーブルを挟んだまーに顔を寄せるようにした。
「録音したの?」
「したよ?」
ケロリと言って、まーは一口ビールを飲む。
いやいや。したよ? じゃなくて。
グラスを置いた彼女は、鞄の中を片手で探ると手のひらに収まるくらいの細長く、黒色の機械を取り出した。シンプルなデザインで、ボタンがいくつかついていて、端にディスプレイらしきものがある。
多分これが、録音機なんだろう。
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『ゆうことかもう一度分かりやすく教えてもらっていいですか? 西崎常務』
まーが再生ボタンを押したのだろう、その黒い機械から録音していた音声が流れ始めた。会話の途中から始まっている。
テーブルにそれを置いて、食事を再開したまーを他所に、わたしは記録された会話を聞き逃さないようその機械をじっと見つめた。
『だからね? 多田君をあまり気に掛けないようにしてやってくれていいんだよ』
『と、いいますと? 仕事を与えるなってことですか?』
『いやいや仕事は与えてやってくれなきゃ困るんだよ』
『でも実力のない社員に仕事を与える訳にはいきませんよ。会社の不利益を生みます』
『そこはほら、森君や金本君達がフォローしてくれたらいいから』
『だったら多田にあたし達の手伝いさせたらいい話じゃないですか。そうしながら、一人で仕事を任せられる実力をつけさせたら』
『いいから実力とかは。とりあえず、彼のやりたがる仕事はさせてあげて。で、心配事があるなら君か金本君か男なら伊東君とかつけて、多田君に仕事任せてあげてよ』
どうしよう。会話の内容っていうか常務の言ってる事全てに腹が立つんだけど。
無意識に吊り上がってゆく眉。ひくつく額の血管。ああもうイライラする。
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『……西崎常務の言う通りにして仕事を任せて、トラブルが起きたら当然常務が責任をとってくれるってことでいいんですよね』
『それはフォローできていない君たちの責任に決まっているだろう。何を言っているんだね』
そっちの方が何を言っているんですかだこの……ッ!
引っ叩いてやりたい。
『西崎常務。お話の内容を確認させていただきますと、失敗続きで反省文書きまくりの多田に、彼のやりたい仕事を実力が伴っていなくとも任せる。そして失敗しないようにフォローを同じ部署の精鋭で行え、とそういう事ですね?』
『そう。そうだよ』
『あたしはそれには反対です。そんな事をしたらトラブルは必ず起きますし、フォローに回る精鋭達にも負担が大きすぎる。精鋭は精鋭で各自自分の仕事がありますから。だとしても、西崎常務たっての仰せの言葉ですから、部長の立場のあたしでは逆らえません。ですから、常務のおっしゃる通りにいたします。それでよろしいですか?』
『ああ。それでいい。よろしく頼むよ。やっぱり森君は話が分かるね』
「よろしくないわよバカ!」
録音されている会話に割り込むように黒い機械にわたしは怒った。
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「よろしくないのは、あたしも同意見だけど、これだけハッキリ録音しておけば大丈夫でしょ」
録音機の再生を停止させながらどこか満足げに言ったまーのこの働きは凄いと思う。
よくこんな話のときに、録音機を持っていたものだと感心する。
「うん。これがあれば社長に直談判できるわ」
「なんなら、出るとこ出てもいいしね」
「……退職するハメにならなきゃいいけど……」
「心配しなさんな。あたしも愛羽も他の会社引く手数多よ」
「だから退職したくないって言ってるでしょ」
カラカラと笑う彼女の手元に、その黒い機械を押し返して、わたしはまた食事を再開させた。
あのムカつく常務の顔面に、脳内でパンチを一発かましてから。
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