※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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初めてのお土産。
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~ 湯にのぼせた後は 6 ~
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「まーさん」
最初に感嘆の声を漏らしたあと、ずっと押し黙っていた雀ちゃんがやっと、口を開いた。その声はちょっとだけ震えていて、まさか、と思いながらわたしは彼女の顔へと視線をやった。
すると、まさかのまさかだ。
瞳をうるうるさせながら、雀ちゃんが両手で、まーからのお土産を持っている。
「本当に、こんな素敵なお土産、ありがとうございます。大事に大事に使わせてもらいます……!」
お礼というものに、”熱心”という表現はすこし妙かもしれないけれど、その表現が一番しっくりくる。そんな口調と表情で、雀ちゃんはお土産を両手で包み込むようにきゅっと握った。
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「そんなに喜んでもらえるだなんて思ってなかったから、こっちまで嬉しくなっちゃうわ」
さすがにまーも、雀ちゃんがそこまで喜ぶとは予想していなかったようで、照れたように後ろ頭をかいた。
かくいうわたしも、雀ちゃんが瞳を潤ませながらお礼を言うだなんて思ってなかったから、正直、意外だった。
お礼を言って、大事に鞄につけて使う、くらいの対応だと思ったんだけど。
どこかしら雀ちゃんの琴線に触れるものがあったのだろう。
わたしは目を細めて、二つのバッグチャームを見比べた。
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それからしばらく、お茶を飲みながらまーの土産話や、こちらの土産話で盛り上がると、いつも帰る時間よりすこし早く、まーが腰をあげた。
「あれ? もう帰るの?」
「うん。明日も仕事だし、ご老体は労わらないと、旅行疲れはすぐには抜けませんからねぇ」
おどけて腰を曲げて、おばあさんみたいな喋り方をして、玄関へと向かうまーを見送るために二人で追いかける。
靴を履いて、鞄と、たくあんの入った土産袋を片手に、彼女が振り返る。
まーがうちに遊びに来ていた最初の頃は、一緒にエレベーターに乗って下まで降りて、マンションの外まで見送りに出ていたんだけど、「ここでいいよ」とまーが毎回言うもんだから、いつの間にか、見送りはここまでになっていた。
「ご飯ごちそうさま。お土産ありがとね」
「こちらこそありがとう。またいつでも遊びに来て」
「ありがとうございました」
一段上からまーを見下ろして、雀ちゃんと並んで手を振る。
どうせわたしは明日会社に行けば会えるんだけど、こうして手を振って送り出す側になると、寂しい気分になってしまうのはどうしてだろう。
「んじゃ、またね」
反対にまーは、寂しいとかいう気持ちは特に沸いていなさそうな素振りで、ひらりと手を振って玄関のドアの向こうへと姿を消した。
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まーが帰ったあと、わたし達はソファに並んで座り、貰ったお土産を眺めた。
「こんなに良い物を頂いてしまって、今度、まーさんにご馳走しなきゃいけませんね」
「そうね」
彼女が年下の子から奢ってもらうだなんてあまり想像つかないけれど、息巻いている雀ちゃんに水を差すのも可哀想だ。
わたしは小さく頷いてから、バッグチャームから彼女に視線を移した。
「このチャームそんなに気に入ったの?」
「え? はい。愛羽さんは嬉しくなかったんですか?」
まさか喜ばないはずないですよね、と言いたげな視線が返って来る。
慌ててわたしは首を横に振ってみせて、喜ばない筈がないでしょう? とまず言い置いた。
「嬉しかったし、とっても気に入ってるわ。可愛いし綺麗だし。ただ、雀ちゃんが涙ぐんでまで喜んでいたから、ちょっと意外に思っちゃったのよ」
「え゛!?」
眉をひん曲げて、目をまん丸くして、口元を引き攣らせたその顔は、まるで「あの時自分そんな反応してたんですか!?」と言いたげだ。
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「まさか、自分で気が付いてなかったの? 泣きそうだったわよ、雀ちゃん」
「…………そのまさかで、気付いてなかったです」
失態だと言わんばかりにしゅんとする彼女の背中をぽんぽんと叩いてやりながら、わたしは小さく笑う。
無自覚で涙ぐんでお礼を言うとかどれだけ可愛いのかしら。
「凄い嬉しかったんですよ。誰かがどこかに旅行に行ったからって、もらうお土産はお菓子とかご当地キティちゃんのボールペンとかだったから、こんなふうに実用的かつ、自分の為に選んでもらったお土産って人生で初めてで」
雀ちゃんがテーブルに置いていたバッグチャームを手に取って、革を撫で、金色の文字盤を撫でる。
その様子を見ながら、わたしは自分が大学生のときのことを思い出す。
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確かに、友達がどこかへ旅行に行ったとお土産をくれても、定番はお菓子だ。かなり気心の知れた友達だと、お菓子じゃなくてラーメンだったり手羽先だったりうどんだったりふりかけだったり、食事に役立つものになる。
しかし、こんなふうにバッグチャームを貰ったりなんて無かったし、アクセサリーもない。良くて、携帯電話のストラップだろう。
そう考えてみるとやはり、大学生にとって、バッグチャーム……しかも、服装や使っている鞄に合わせて選んでもらったものは、かなり貴重で、嬉しいものかもしれない。
社会人になって色んな人とのお付き合いもあるわたしにとっては、こういう類はそこまで珍しくはなくなっていたから、そのフレッシュな反応に感心を抱いてしまった。
「凄く喜んでたって、わたしからもう一度明日、伝えてお礼言っておくわね」
よしよし、と頭を撫でてあげながらそう言うと、雀ちゃんはまたちょっと瞳を潤ませながら、「ハイ!」と頷いた。
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