隣恋Ⅲ~湯にのぼせた後は~ 5話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 バッグチャーム。

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 ~ 湯にのぼせた後は 5 ~

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「そんなの気にしなさんな。いつもお世話になってるお礼だってゆーの」

 わたしの言葉をカラカラと笑い飛ばしたまーは、顔の前で手をひらりひらりと振った。
 そして内緒話をするように声をひそめて、「そんな高いもんじゃないし値切ったから大丈夫!」とおどけた。

 買い物したとき値切るとか海外じゃ当たり前なのかもしれないけど、それを渡す本人に言うとかれだけ強者よ。

「今日だってご飯作ってもらったし。気にせずもらっときな」

 ……うーん、高いものじゃないとは言っているけれど、なかなか怪しい。だって、かなり精巧に作られたもののように見えるし、ニセモノくさい重さでもない。

「ほんと、ありがとう。……次はたくあん10本買ってくるわ」
「嬉しいけどそんなにいらねー!」

 たくあん十本でも、足りないんだろうけど、ありがたく頂戴しておくことにした。

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 わたし達の会話を、体の動きをとめて見守っていた人物が、自分の手に握っている小さな袋に視線を移した。

「開けないの? 雀ちゃん」
「え……っと」
「遠慮は無用だ」

 戸惑うような素振りを見せる彼女に、武士みたいな物言いで首をゆっくりと左右に振ってみせるまー。

「いやでも、愛羽さんのを見た限りですね……とてもお高いものを頂いてしまったようで」
「気にするなって。うちの愛羽がいつもお世話になってるお礼だし、あたしもお世話になってるんだから」

 確かに、まーは雀ちゃんの部屋にアポなしで突撃してゲームをやらせてもらっている事はよくある。だからお世話になっているのは正解だろうけれど、どうしてそこにわたしの名前が出てくるのか。

 ジトリとまーを半眼で睨むと、「まぁまぁ」とへらへら笑って誤魔化された。

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 でも、雀ちゃんはただでさえ、遠慮しがちだし、礼儀正しくあろうとする子だから……。

 二人がかりで説得するしかないな。
 そんなふうにわたしとまーはアイコンタクトで決めると、畳み掛けるように言った。

「雀ちゃん。開けてみたら? ここでまーに返したって、たぶんそのうち貴女の鞄にそれは放り込まれてると思うわよ」
「うん、確かに今返されてもそうする自信がある」

 でも実際、この子に渡そうと思って買ってきたお土産を突き返される事ほど寂しいことはないし、そんなことをすればいくらゲーム友達という関係であれ、失礼にあたるのだから。

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「そ、そうですか…?」
「そうそう」
「うん、間違いなくやるから」
「じゃ、じゃあ、すみません。頂きます」

 大袈裟なほどに大きく頷いたまーに観念したのか、雀ちゃんが袋のシールをそっとはがし始める。
 わたしとまーはまたアイコンタクトで成功を互いに感謝して、雀ちゃんの手元へと視線を移した。

 長年仕事を一緒にしていると、こういう所でも阿吽の呼吸が役に立つ。
 相手が何を考えているのか、どういう行動をこれからしようとしているのか、なんとなく、分かってしまうのだ。

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 雀ちゃんへのお土産が入っている袋から、ストンと手のひらへ落ちてきたのは、バッグチャームだった。
 けれど、わたしのそれとはずいぶんと違う見た目だ。

「…ぅわぁ……」

 見惚れるように視線は釘付けで、口からは感嘆の声が漏れた雀ちゃん。その目がキラキラしていて、一目で、そのバッグチャームを気に入ったのだと分かる。

 彼女がまーから貰ったそれには、革が使われていて、まずは格好良いという言葉が当てはまる。濃いめの茶色い革に覆われた小さな時計はクラシカルな金色。文字盤の縁には細かな細工と彫りがあって、高級感が漂う。スナップフックで鞄につけられるようになっていて、そこから枝分かれするようにチェーンが繋がれ、その先に小さな鍵穴のある錠。時計のクラシカルな金色とは少し違った色調はまるで……。

「これ、もしかして、対になってる?」

 わたしの貰ったバッグチャームについた鍵を持ち上げて見比べた。
 やはりこの二つの色調は、ぴったりだ。

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「さすが、ご明察」

 加工もしてもらえそうだったから、やってもらった。
 そう言って笑うまーの心遣いに胸が温かくなる。この年になると、自分ではペアグッズなんて買ったりはしないから、こうして誰かから貰うしか入手手段がない。
 どんな年になっても、女は女。
 恋人と繋がりのあるグッズを一緒に持てるというのは、嬉しいものなのだ。

「ちょっとずつ金色とは違うけど、それがまたいい味でさぁ、向こうの店員にもいいセンスだって褒められたくらいよ。愛羽もすずちゃんも、そういうのなら持ちやすいかなと思って」
「ほんとありがとね、まー」

 確かにこれなら、わたしの通勤鞄につけてもおかしくないし、雀ちゃんの大学へ持って行く鞄につけても似合う。
 それぞれの持ち物に合わせて買ってきてくれた彼女の細やかさに頭が下がる思いだった。

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