※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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お土産。
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~ 湯にのぼせた後は 4 ~
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あら、珍しい。
雀ちゃんの質問にピクリと跳ねたまーの眉毛。そんなあからさまな動揺を、彼女が見せた事にわたしは内心驚いた。
感情を表に出す方だと思われがちなまーだけれど、実はそれは違う。
彼女は上手に振る舞っているだけで、本当に思っていることは隠す。例えば、レースのカーテンの向こうに居る人影のような感じと表現すると、分かりやすいだろう。
本心はそこにあるけれど、ぼんやりと輪郭しか見えない感じ。
キッチンから彼女達の会話を聞きつつ、横目でまーの様子を窺っていると中々おもしろい。
「んー」
言いあぐねたように、口を閉ざして間を繋ぐためになんとなく言っている。
そして彼女の脳内では今、物凄い勢いで思考が働いている。雀ちゃんの質問に対して、当たり障りのない回答を出そうとしているのだ。
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長年付き合いがあると、こういう所にも気が付けるようになる。
わたしは唇の端で笑って、グリルの中の魚に目を移した。
「友達」
「へぇ、お友達ですか。なんだ、彼氏かと思ったのに」
どこか残念そうに雀ちゃんが言うと、まーが乾いた笑いをたてた。
――あら? あららら? もしかして。
これは、問い詰める必要があるかもしれないわね。
妙な反応ばかりするまーに、どこかわくわくしてしまう気持ちを誤魔化せないところは、わたしもまだまだ未熟かもしれない。
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それから三人で夕食をとって、片付けをして、食後のお茶をテーブルに並べて、わたしはまーにお土産の入った紙袋を差し出した。
「おおっ、待ってました!」
まるで宴会中のどこかのおじさんみたいな掛け声で袋を受け取ったまーは、さっそく中を覗き込んで、その袋を抱き締めた。
「たくあん…! ありがとう!」
「いいえ、どういたしまして」
たくあん抱き締める人なんて、あんまり見れないだろうなぁ。そもそも、こういうお土産って、自宅用が主だしね、それを他人に渡すとか、このたくあんも想像もしていなかっただろう。
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「……ほんとにたくあんで喜ぶんですね、まーさん……」
まるで信じられない、という顔を彼女に向ける雀ちゃんは、多分初めて、たくあんをお土産に渡す現場を目撃したし、それで喜ぶ女を目撃したのだろう。
「え? たくあん嫌い? すずちゃん」
「いや好きは好きですけど…」
苦笑を浮かべる雀ちゃんに、まるで理解できないと言いたげな表情を向けたまーが、自分の鞄を引き寄せて、中から小さな袋を取り出した。一つを雀ちゃんに、一つをわたしに差し出した。
「これはあたしからのお土産」
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「ありがとう」
「えっ!? いいんですか私にまでっ?」
わたしのお礼と、雀ちゃんの驚きの声が混ざり、それらに返ってきたのは、にこやかな穏やかな笑顔だった。
「どーぞ」
わたしはもう一度お礼を言って小さな袋を受け取る。雀ちゃんは自分にまでお土産があるだなんて思ってもみなかったみたいで、おずおずと手を伸ばしていた。
「これ、開けてもいい?」
「いーよー。じゃああたしも開けていい?」
「駄目。たくあんは自宅で開封して」
軽口を叩いてくるまーにピシャリと返す。だって、うちで開けて持って帰るまであの匂いをプンプンさせながら電車に乗るなんて、迷惑極まりない。
カラカラと笑うまーにつられて笑ってから、わたしはお土産の袋に封をしてあるシールを丁寧にはがした。
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袋を受け取ったときに少し重みを感じたそれ。中から取り出してみると、てのひらに転がり出てきたのは。
「バッグチャーム?」
「そう。結構色んな種類あってねぇ、迷った迷った」
彼女の言葉を聞きながらも、目はお土産に奪われている。
だって、わたしの手のひらにあるそれはお世辞を抜きにして、今までみた中で一番可愛いのだ。いや、可愛いだけではなくて、大人っぽくもある。
アンティーク調の落ち着いた金色のフレームは羽をモチーフにしたような形をしている。そしてその中心には、小さな時計が嵌め込まれている。時計の文字盤は少しだけ青みがかった色合いの文字が四方に配置されていてそれが大人っぽさを引き出しているように思う。
羽をモチーフにした金のフレームの上部から枝分かれするようにチェーンが引っ掛けてあってその先には、少しだけ色調の違った金色の小さな鍵。
「気に入ってもらえたみたいで、良かった」
食い入るように細部まで眺めていたわたしに向けられた声で、ハッとした。顔をあげると、穏やかな表情でこちらを見つめている彼女と、目が合う。
わたしは顎を引いて小さく何度も頷いて、言葉にしきれない感情をまーに伝えようとする。
「うん、うん。すっごい、すっごい気に入った……でも」
「でも?」
「たくあんのお返しにこんな良い物貰っちゃっていいの…?」
大根丸々一本分のたくあんとはいえ、こんなに良い物とはセンスも値段も、天と地の差があるんじゃないかと思った。
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