隣恋Ⅲ~湯にのぼせた後は~ 2話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 お土産。

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 ~ 湯にのぼせた後は 2 ~

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 こういうのを、世の中じゃ”あざとい”とか”ぶりっこ”とか言うんだろうなぁ。
 給湯室へ向かう彼の背中を見送ってから自分のデスクに戻りつつ思う。

 けれど実際、男女関係なく、笑顔は人から向けられると嬉しいものだし、愛想がいい人に対して端から無下にしようなどと思う人は少ない。
 だからこそ、こちらから笑顔と愛想を振りまいていれば、無駄な衝突は避けられるし、多少のお願いや面倒事を聞いてもらえる有利な立場になれる。

 笑うだけでその立場を手に入れられるなら、安いものよ。

 そんなわたしの行動を目にした愛想をふりまく以前に、会話する事が苦手だと言う人達から、「あの人は女を使っている」だとか「いつも笑顔でヘコヘコしてるだけ」だとか言われた経験はある。
 でも、申し訳ないけれど、そういう人達は会話を上手く出来るように訓練する訳でもなく、顔に笑顔を浮かべられるよう努力する訳でもない。

 そういう人達は好きで、そういう連絡事項だけの交流と、無表情を保っているのだ。

 反対にわたしは、自分の意思で笑顔を浮かべて愛想をふりまいている。好きでやっているというと、わたしの真意からは少し遠ざかってしまうのだけれど。
 的確に述べるのなら、「必要だと判断してやろうと思うからやっている」ていう感じかな。

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 別に、好きでもない上司に対して笑顔を向けたり、「今日のネクタイは格好良いですね」と愛想を振りまいたりする事を至上の喜びとしている訳ではない。
 ハッキリ言って、嫌だ。

 けれど、それを言う事で相手の機嫌が良くなって仕事が円滑に進むのであれば、安いと思うし、そこで”相手に媚びないプライド”を持ち守ると逆に仕事に支障をきたす。

 別に枕営業している訳でもないし、その人と仕事を一緒にしないのであれば、必要以上に話をしたりしない。

 何が言いたいかというと、愛想や笑顔を用意する苦労も知らずに、わたしが受けている恩恵だけに目をやっている女性社員には、まず、自分もわたしと同じ事をしてみてから、文句を言って欲しいということだ。

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 伊東君が給湯室から布巾を持ってきて長机を拭いている間、わたしに突き刺さる数本の視線。
 どうせ、「また伊東君をアゴで使って」とか、「可愛い子を演じて伊東君の気を引いて」とか思ってるのよこの視線の主たちは。

 だったら伊東君が言う事聞いてくれるように信頼関係築くなり色仕掛けするなり、机拭いてる彼の傍に行って「代わりにやるわ。伊東君は朝のメールチェックをどうぞ」とか親切をふりまくなり、やってみればいいのよ。

 それもせずに遠巻きにせっせと働く伊東君を見るだけ、わたしに恨み視線を送るだけ。それで何の進展や解決があるのよ。

 あーもうほんと、めんどくさい。女って。

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 鼻から溜め息なのか怒りの息なのかを勢いよく抜いていると、自分のデスクからいつの間にわたしの隣に来ていたのか、まーがヒヒヒと笑った。

「顔、顔」
「だって」

 不機嫌が顔に出ていたのか、肘で突かれる。
 けれど、そういう仕草をされるとこの場合逆に困る。

 だって傍から見たら、まーがわたしに、「休み明け早速、伊東君とお話できてしかも優しくしてもらえてヒューヒュー」みたいな会話してると見られてもおかしくないのだ。

「女の嫉妬はコワイねぇ」
「上司なんだからアレなんとかしてよ」

 多分ハワイで買ってきてくれたお土産なんだろう。大きめの袋を腕にひっかけたまま腕を組んで唸ったまーの物言いからすると、わたしに突き刺さる恨み視線を十分に理解しているようだ。
 その上で肘で突いてくるのはどうも質が悪い。

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「嫉妬という感情は世の中を裏から動かしているから無くすなんて土台無理な話だよ。甘んじて受け止めておきなさい」
「嫌よ、せめて受け流すわ」

 あんな謂れのない嫉妬、受け止めていたらこっちの身が持たない。

「確かに。そっちの方が建設的」

 伊東君が長机を拭き終えた。クツクツと喉の奥で楽しそうに笑ったまーが、そちらへ歩き出す。

「伊東、ありがと」
「いえとんでもないです。代わりにお土産、ゴチになります」

 指差された土産袋。がさりと揺らして見せたまーは「輸入物だぞ~」と自慢げに言った。
 伊東君の良い所は、こうして上司相手にでも気さくに話しかけて、時には冗談も交えて話ができるところだ。
 たぶん、体育会系の部活動で鍛えた上下関係を円滑にするスキルなんだろうとわたしは見ている。

 入社当時は、彼のスキルをよくお手本にさせてもらったものだ。

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 それから、まーやわたしが自らお土産の包み紙を取り去って箱を開けて、取りやすい状態にして長机に置いていると、わらわらと人が集まって来た。

 持ってきた土産を同じように並べるもの、早速並んでいる土産をつまんで行くもの。

 連休明けのこの風景が、なんだか会社に来たんだなぁとしみじみさせた。

 温泉旅館から帰るときはこのまま数日前に時間が巻き戻らないかしらと本気で願ったものの、こうして現実にかえってくると、なんだかしっくりくる。

 現金なものね、と我ながら苦笑を禁じ得なかった。

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