※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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いつもの日常。
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~ 湯にのぼせた後は 1 ~
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休暇が終わり、いつもの日常が戻ってきた。
その初日。休暇の名残りの香りを漂わせるお土産を会社に持参すると、同じように土産袋を手にしている人達がちらほらと見える。
「さぁぁぁて」
とりあえず自分のデスクに荷物を置いていると、背後から妙に気合いの入った声が聞こえた。懐かしいこの声は、わたしの上司であり友人である森真紀こと、まーだ。
「ケータリングコーナー作りますか」
ぽん。と肩に手を置かれた。
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近くで声が聞こえたってことは、そう来るんだろうなと予想していたんだけど、どうしてわたしをかりだすのかしら。
もっと力持ちな男性社員に言えばいいのに。
まーが言っているケータリングコーナーというのは、長机を一つ出して、そこに皆が持ってきてくれたお土産を、自由に食べられるように置く場所のことだ。
それで使う長机が、備品を仕舞ってある小部屋にあるものだから、すこし、面倒は面倒なのだ。
まぁでも、放置していてもケータリングコーナーは出来ないし、誰かがやらなきゃいけないし、まーはわたしとやる気満々だし。仕方ない。
内心肩をすくめて、振り返る。
そこに居たのは、やけに日焼けして色黒になったまーだった。
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多分、2秒は口をぽかんと開けて、すっかり様変わりしてしまった上司に目を釘付けにされていた。
だって、休み前の肌の色と比べると3段階……いや下手したら4段階くらいは黒くなっている。
「お……おはよう……」
やっとのことで口から出たのは、その黒さの理由追及ではなくて、ただの朝の挨拶だった。人間の習慣心理ってこわい。
それでも言いなれた挨拶を詰まらせてしまうくらいに衝撃的な容姿をしている彼女は、カラカラと笑う。まるで、悪戯が成功した子供みたいな笑い方をしているのを見ると、どうもこうなる事を予測していたみたいだった。
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「おはよ。連休は楽しめた?」
「その言葉、そっくりそのまま返すわよ」
失礼だと分かっているけれど、上から下までじろじろと彼女の体を観察する。手の甲まで日焼けして黒いところを見ると、焼きたくて肌を焼いてきたのだろう。
わたしの視線を浴びながらまたカラカラと笑った彼女は、長机が仕舞ってある小部屋へ歩き出す。その後ろを追って歩きながら、彼女の項まで黒い事実を発見した。
「リフレッシュは出来たと思うわ。それで、まーは一体どこでリフレッシュしてきたの?」
「ワイハー」
わいは……ってハワイ!?
「ハワイ行ってきたの!?」
「うん」
なるほどその黒さには納得だけれども、よくもまぁゴールデンウィークという時期にそこへ行くチケットも資金も用意できたものだ。あと、人込みに物怖じしない気合いも。
わたしはあの温泉旅館周辺の人の多さにも少し疲れてしまったんだけれど、このアクティブ極まりない人はそうでもないみたい。
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一種の尊敬の念を抱きながら、彼女の後に続いて小部屋の扉を抜けて、長机までたどり着く。
少しだけホコリを被ったそれを二人で部屋から運び出して、わたし達の部署の壁際に添わせるように設置した。
「あ!」
まさかホコリを被ったままの机にお土産諸々を置くわけにもいかない。わたしは給湯室にある布巾を取りにいこうと踵を返しかけた時、どこかから大きめの声が聞こえた。
何かに気が付いたような短い声は、男性の声で、休み明けで朝頭が働かず、家に何か忘れ物でもしてしまったのかと心配した。
けれど次に聞こえたのはわたしの予想とは違った。
「森部長! 金本さん!」
わたし達の名を呼び、駆け寄ってきたのは、わたしの隣のデスクを使っている伊東君だった。
「言ってくれたら俺やったのに! すみません、女性にそんな力仕事させて」
うん、さすが、我が部署でも人気を誇る爽やか体育会系男子。顔も整っているし、こういう声掛けというか気遣いもできる。イケメンだなぁ。
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けれどまーは、立てた人差し指をチッチッチッ、と伊東君に向けて振った。
「言ってくれたら、じゃなくて言われる前に予測して動く。それが真の男というものだよ、伊東クン」
普段は「伊東」と呼び捨てにしているくせに、なんか学者か探偵ぶって、「伊東クン」とか呼んでいるまーはほっといて。
わたしは軽く首を振ってみせた。
「ありがと、伊東君。あとは軽く拭くだけだから、大丈夫よ」
「あ、じゃあ俺がそれやるよ」
「いいの?」
「うん。任せて」
給湯室まで行くのが、ほんと言うと、少し面倒だったのもあって、わたしは彼に笑顔を向けた。
「じゃあ、おねがいします」
一応、同期で隣デスクとはいえ、愛想はふりまいておかなきゃね。
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