※ 隣恋Ⅲ~待ち合わせは企みの香り~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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だから! 愛羽さんが可愛いのは分かるんだけどそんな目で見ないで欲しいんですが!
私は心の中で叫びながらも周囲に鋭い視線を向けるだけに留めた。
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~ 待ち合わせは企みの香り 2 ~
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花火大会でもない日に、和服姿の人がいれば目を留めてしまう。
そんな心理が分からない訳ではない。
愛羽さんは可愛い。それも、分からない訳ではない。というか、むしろ、非常によくわかる。
そして今日は浴衣姿で、8割増しくらいに可愛い。
それも、分からない訳ではない。いやむしろ、それもめちゃくちゃよく分かる。
しかし、だ。
しかし、だからと言って、自分の彼女がジロジロと下心丸出しの目を向けられているのを、誰が快く思うだろうか。
はっきり言えば、不愉快極まりない。
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待ち合わせの場所から浜辺まですこし距離がある。
そこへ行くまで、下駄の愛羽さんのためにいつもよりもゆっくりと歩を進めているのだが、すれ違う男、私達を追い越していく男、結構な人数に愛羽さんは見られている。
なんというか、目や視線には種類があると思う。
単純に、「あ、浴衣だ。今日花火大会どっかであったっけ?」という浴衣に向けられた視線。
女の子の「あの浴衣可愛い」という浴衣に向けられた視線。
そして私の不愉快に感じている「お、いい女」という愛羽さんに向けられた下心満載の視線。
独特の色や気配がある男達の、その目と視線。
バイト先で店長や楓さんにそういう目を向ける男性客も居て、傍で見ている私はいつも辟易している。
どうにもならない男の性というものなんだろうけれど……どうしても牙を剥きたくなってしまうのは恋人の性というものだ。
すれ違った男に向けていた鋭い目を、瞼で一度シャットアウトして、心を落ち着ける。
静かに息を吐いていると、横から微かに笑う気配がした。
彼女を見れば、唇の端はゆるやかに上がっていて、何か面白いものでもあったのかと口を開きかけるが、私の言葉よりも先に愛羽さんが言った。
「そんなお仕事中の警察犬みたいな目しなくても大丈夫だから」
若干呆れを含みつつも、幼い子供へ言い聞かせるような、そんな声音。
まさか、私が今まで威嚇の視線を男達に送っていたのがバレるだなんて思ってなくて、ビクッと心臓が跳ねる。
そんな私を特に気にも留めず、愛羽さんは肩を竦めた。
「目立っちゃうのは仕方ないし」
コレで。と愛羽さんは浴衣の裾を軽くつまむ。
いやいやいや、そういう問題じゃなくて。
私が威嚇してる理由は、男の下心なんですよ愛羽さん。
「……愛羽さん、もしかして気付いてないんですか?」
「何に?」
首を傾げて見上げてくる姿も可愛い。可愛いんだけれど、……そういう所でまた色気と可愛げが溢れ、男の視線を集めることになるんだってば。もう。何に? じゃないんだよ。
「いっぱい、男の人から見られてますけど」
「ああ、それ。ほっときなさい」
「ほっ……」
とける訳ないでしょ! と言い返したかったけれど、彼女の大人びた顔を見てしまうと、開いた口から言葉を続ける事ができなかった。
「赤」
彼女の顔ばかり見て歩いていた私は、くん、と腕を引かれて立ち止まる。
愛羽さんが苦笑しながら指差したのは、信号機。
つんのめるよう立ち止まったところから一歩、二歩とさがりながら、私はもやもやする胸の中身を持て余し、なんとも言えない気持ちになってしまっていた。
「雀ちゃんはあんまり経験ないかもしれないけど、結構会社とか夜道歩いてたら、普通にあるのよ?」
「え゛」
「スーツだったらタイトスカートも穿くし、商談部屋の低めのふかふかのソファに腰掛けたら中身見えそうになるときだってあるし」
「え゛!?」
「会社の8割は男の人だし。夜飲み屋通り歩くことだってあるから、普通に声かけられるし」
信号が青に変わって、私は愛羽さんに手を引かれ歩き出す。
「結構、普通よ?」
「う~……」
まじか。
今までそんなに、そういう類のこと、あったのか。
大学生の私は商談部屋なんかに足を踏み入れた事もない。バーでバイトしているとは言え、まだ二十歳を越えてもいないから居酒屋には滅多に行かないし、その辺りも私は疎い。
今し方知らされた事実にちょっとショックを受けながら、私は唸った。
普通、と断言されてしまったけれど、普通だからと言って不愉快の感情が無くなる訳ではない。
だけど今すぐ解決できる訳じゃないし、今後も、解決できる事柄ではない気がする……。
私が唸っていると、愛羽さんはちょっと笑った。
「雀ちゃんは、わたしに色気感じるときある?」
突然、何を言い出すのだろう。
「そりゃあありますよ、色気たっぷりです今日も、いつもも」
「ありがと」
照れたようにはにかんで、愛羽さんは続ける。
「男の人からそういう目で見られたり、ナンパされたり、恋人から色気あるって言われるうちが華だと思うなぁ」
……恋をすると綺麗になるっていう言葉と同じような事、かなぁ?
愛羽さんが言っている事を理解しようと考えを巡らせていると、また、すれ違いながら男の人が愛羽さんの襟合わせに目を這わせた。
もやぁっと胸の奥や腹の底からドス黒い感情が湧いてくる。
――このひとは、私のものなのに。
「こら。番犬」
クッと手を引っ張られた。
……どうでもいいんだけど、何でさっきから犬に関連付けられているんだろうか。
「怖い顔ばっかりしないの。せっかくのデートなのに」
「だって」
「だってじゃないの。わたしは貴女だけのものなんだから。安心しなさい」
厳しい声色でピシャリと言われた。が、言われた内容が内容なだけに、不覚にもドキドキする。
夏の気候以外の理由で、いま、ちょっと、体が熱い。
「いーい? 雀ちゃん。その辺の人はわたしに触れられもしないの。ただ見るだけ。ね?」
また赤信号。
立ち止まりながら、私は愛羽さんの言葉に頷いた。
「でも雀ちゃんは違うでしょ? こうして手も繋げるし」
私の手を取り、指を絡める愛羽さん。
次いで、私の肩に手を置いて、すこし引く。
肩を下に引っ張られた私は、上体を彼女の方へ傾けた。
そうして近付いた私の耳元へ唇を寄せたのは、もちろん彼女だ。
こういうパターンだと、内緒話が相場である。
きっと潜められた声が何事かを言うのだろう。その予想で、そばだてた耳、それへ。
「わたしにえっちな事できるのも、貴女だけ」
囁かれるは、蜜な声。
「っ」
喉の奥で唸って、弾けるように体を起こして、赤い顔で愛羽さんを見つめる。
な、なんてことを屋外で言ってんだよ……っ。
「だから、もっと余裕をもって優越感に浸りなさい」
ふふ、と大人の余裕と、色気の溢れる表情で笑う彼女。
私は走る心臓音を耳元に聞きながら、ゴクリと生唾を飲み込んだのだった。
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