隣恋Ⅲ~過去 現在 未来。嫉妬~ 103話


※ 隣恋Ⅲ~過去 現在 未来。嫉妬~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


←前話

次話→


==============

  ~ 過去現在未来。嫉妬 103 ~

===============

「雀」

 最終兵器、呼び捨て。

===============

 普段「雀ちゃん」と呼んでいるだけあって、これは随分と効果があったみたい。
 ぴくっと肩を揺らした彼女に、畳み掛けるよう、呼びつけた。

「こっち見て」

 唇の両端を僅かに下げた雀ちゃんが、渋々というかおずおずというか、こわごわというか、こちらを向いた。
 それはまるで、わんちゃんが悪戯をして、怒られるのが分かっている時のような顔。

 べつに、悪い事をしたわけじゃないんだから、そんな顔しなくてもいいのに。と内心、愛しい苦笑が零れた。

===============

「無理、駄目、困らせるって分かってても、わたしの全部が欲しい。その気持ちは素直に嬉しいわ」

 それだけ、わたしの事好きでいてくれてるって意味だもんね?
 と首を傾げてみせると、彼女は”まさにその通りです”と言いたげな顔をして、首を上下に振った。

「でもね、わたしがあげられるのは、現在だけなの」

 当たり前の事を言うようだけど、そう言葉にして伝える。
 伝えなきゃいけないと、思うから。

「過去は変えられないし、その過去があったから雀ちゃんと今付き合ってるの」

 表情が曇る雀ちゃんの手を握りながら、さらに続ける。

「未来は、どうなるかわたしにも分からない。だから、わたしの未来をあげるわ、だなんて安易に約束したくないの。大切な雀ちゃんに嘘はつきたくないから」

 多分、雀ちゃんはこう思っている。

 未来を約束できないってことは……いつか……別れるつもりでいるのか……、と。

===============

「ちょっと卑怯な例え話をするけど、ゆるしてね」

 断りを入れてはいるけれど、わたしはかなり、ずるい。

「雀ちゃんはわたしの未来も欲しいんでしょう? わたしだって、今大好きな貴女の未来は欲しいわ」
「だったら……!」
「ええ、欲しい。雀ちゃんが怪我も病気も、災害に巻き込まれることも、何もなく平穏無事な一生をわたしの隣で過ごしてくれる未来。欲しいから、くれる?」

 愛しいひとに、健やかに過ごして欲しいと思うのは、当たり前だ。
 だけど、外的環境は、自分ではどうにもならない部分がある。

 頭の悪いコではない雀ちゃんは、わたしが言わんとしている事を理解してくれたようで、口を噤んだ。
 苦虫を噛み潰したような顔で、どこか悔しそうな色も混ぜて、こちらをみてくる雀ちゃんの頭を撫でた。

===============

「わたしも、あげられるものなら未来も約束してあげたいんだけど、どうなるか分からない未来を約束して、嘘をついてしまう結果になったら、貴女を悲しませるもの」

 だから、出来ないわ。

 きっぱりと、静かに告げて、わたしは彼女の後頭部に手をかけ、引き寄せてキスをした。

 わたしが、わたしと雀ちゃんしかいない世界で、何もかも保障された世界に生きているのなら、現在と未来をあげる、と迷わず約束した。

 だけど、この世の中、道を歩いているだけで刺されて亡くなる人だっている。
 一緒に居るだけで移ってしまう大病にわたしが侵される日がくるかもしれない。

 もし明日、わたしがこの世からいなくなったりしたら、雀ちゃんはこう思う。

 未来をくれるって約束したのに、どうして。

===============

 ひとりになった雀ちゃんに、そんな想いを抱かせて、それこそ、過去の人になったわたしに執着させてしまうような約束はいらない。

 彼女はまだ、何があってもおかしくない他人の未来を受け止められるほど、成熟してはいない。
 若く、青い。
 わたしが見る限り、真っ直ぐにここまで育ってきた彼女のその精神に、妙な圧力をかけたくないのだ。

 例え、わたしがこの子の前から姿を消しても、その後、健やかに生きていけるように、未練という名の鎖を掛けたくなかったのだ。

 雀ちゃんが、「愛羽さんの全部を自分だけのものにしたい」と言ったその言葉には、恋愛的な意味しか含まれていなかっただろうけれど、それにしたって、不変とは言い切れない。

 例えば……考えたくないけれど、雀ちゃんに好きな人が出来てしまうかもしれない。
 わたしから興味が失せて、わたしよりもっと魅力的で頼りになって、雀ちゃんの成長の糧にもなるような素晴らしい人と巡り会えたなら…………今わたしと約束を交わして、重荷のわたしに固執してはいけない。

 それは、彼女の為にはならないから。

 まだ若い彼女の芽を摘み取らないように。

 伸びしろのある彼女が、打ち止めにならないように。

 年上としての役割を、わたしは全うしなくてはならないし、そうしたい。

 それが愛しい彼女にあげられる最高のプレゼントだと、今の所、思っているのだ。

===============


←前話

次話→


※本サイトの掲載内容の全てについて、事前の許諾なく無断で複製、複写、転載、転用、編集、改変、販売、送信、放送、配布、貸与、翻訳、変造などの二次利用を固く禁じます※


コメント

error: Content is protected !!