隣恋Ⅲ~過去 現在 未来。嫉妬~ 17話


※ 隣恋Ⅲ~過去 現在 未来。嫉妬~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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  ~ 過去現在未来。嫉妬 17 ~

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 「カクテルはマティーニに始まり、マティーニで終わる」

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 バーテンダーであれば一度は聞いたことのある言葉。
 それを思い浮かべながら、私はプースカフェグラスを前にバースプーンを構えた。

 マティーニ。
 それはどこのバーでも必ず一日に一度は作られるほどポピュラーなカクテル。
 しかしポピュラーだから簡単に作れるという訳ではない。

 むしろ、簡単だから難しいと言える。

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 ――マティーニって言われなくてよかった……。

 その点では心底ほっとした。
 今の私では、蓉子さんや店長から見れば、糞みたいなマティーニしか作れないだろうから。

 ……まぁ、それを見抜いているからこそ、蓉子さんは私にプース・カフェをオーダーしたのだ。

 同様の理由で、店長にはマティーニをオーダーした。

 いつか。
 蓉子さんからマティーニのオーダーをされたいものだと密かに思うけれど、もしもオーダーされてしまったら、物凄く動揺してしまいそうだ。

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 グレナデン・シロップ、クレーム・ド・ミント(グリーン)、クレーム・ド・ミント(ホワイト)、ブルー・キュラソー、シャルトリューズ(イエロー)、ブランデー。

 これらの材料を順番に、プースカフェグラスへ、バースプーンの背を伝わせて、静かに注いでゆく。
 この時、必ずゆっくり、静かに注ぐこと。
 そうしないと、比重の差を利用して作った層同士が混ざり合ってしまう。

 私は息を止めて一つ一つの層を作りあげ、最後のブランデーを注ぎ切った瞬間、気を緩めてしまった。
 言い訳させてもらえるならば、気を緩めるつもりで緩めた訳ではなくて、なんというか……「よし! できた!」と思った瞬間、手が力んでしまったのだとだけ、言い訳させてほしい。

 たぶん、この失敗は見抜かれる。蓉子さんは鷹のように目がいいから。

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 6つの層の中で、一番上のブランデーの層が僅かに厚い。
 最後、力んだ瞬間多くブランデーが入ってしまった。

 しかし、一縷の望みを託して、私はそれを愛羽さんの前に差し出した。
 コースターの上にプースカフェグラスを置く。

「プース・カフェです」
「綺麗ね」
「ありがとうございます。味の変化もぜひ、お楽しみください」
「ありがと」

 いつもならこの瞬間、職場だというのに二人だけの空間が出来上がってなんだかこうウキウキするようなほっこりするような、そんな感覚を胸に抱くのだけれど、今日は隣に座る人物の目が気になり過ぎて、愛羽さんと視線を重ねることもできなかった。

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 蓉子さんはすでに、マティーニの杯を傾けて、上品にそれを飲んでいる。
 その姿はとても絵になるんだけれど……店のバーテンダー二人は、彼女の口から吐き出される審査結果を冷や汗を垂らしながら待っているのだ。

 店長は直属の師匠な訳で、蓉子さんと接する機会も多い。
 私よりも免疫はあるだろうからいいけど……こっちの身にもなってほしい。

 例えるなら、入社1年目社員が社長と社食で同席するくらいの事だ。
 心臓バクバク冷や汗ダラダラ。

「じゃあまず、雀」

 キタ……!

 背中がサァァッと冷たくなったのは多分気のせいじゃない。
 じっとりとかいている汗がシャツの下のタンクトップに滲み込む。

「遅い」
「……ハイ、すみません」
「次のボトルがどこにあるか考えながら注いで。雀は注ぐことに集中しすぎね」
「はい……」
「あと力が入り過ぎ。層が均一じゃないわ。特にブランデー。あとは微妙な誤差だけど調整しなさい」
「はい。気を付けます。ありがとうございます」

 ……まじか……ブランデー以外の層はちゃんとできたと思ったのに、蓉子さんの目にはそうは映らなかったらしい。

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 はぁ……と溜め息を吐きたくなる。
 もちろん、自分の実力の無さに、だ。一方、いつもカクテルを教えてくれている店長にも申し訳ないと思うし、もっと頑張らなくちゃとも思う。
 そして、心の端っこで、ああぁこんな格好悪い姿を愛羽さんに見られているだなんて……と頭を抱えてしまう。穴があったら入りたい。

「次、怜」
「はい」
「氷、崩れたわね?」

 すみません。と謝罪の台詞を、店長が吐く機会はあまりない。普段、店でも失敗なんてしないし、在庫管理も細かにするから出せないカクテルもない。
 だから店長は滅多に謝らないけれど、蓉子さんが居るだけでその言葉を耳にする回数は途端に増える。

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 氷が崩れる。
 それは多分、ミキシンググラスでステアするときの氷が形を崩したことを指すのだろう。バースプーンの扱いに長けている店長がそんな失敗をするだなんて……。
 想像するに、多分、氷の形が元々悪かったのではないかと思う。

「あとレモンの香りがきついわね。絞る距離に気を付けなさい」
「はい。すみません」

 以上。と蓉子さんが区切るように告げて、マティーニを飲み干した。

「ありがとうございます」

 カウンターで深々と頭を下げるなんてことはできないから、軽く頭を下げた店長に倣って、私も指導のお礼を述べて頭を下げた。

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