※ 隣恋Ⅲ~過去 現在 未来。嫉妬~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 過去現在未来。嫉妬 3 ~
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「ちょっと。何考えてるのか顔に書くのは止めてちょうだい」
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彼……いえ、彼女と言わなきゃ怒られるわね。
彼女こと青木蓉子さんが、火箸片手にわたしを見遣る。その顔はうんざりというかげんなりというか、苦虫を噛み潰したような顔というか。
「だって、蓉子さんが美人だから」
「羨ましがるのは一向に構わないけれど、摩訶不思議を感じるのは止めてちょうだいな」
美人と言われて機嫌が直ったのか、火箸を置いて座敷からおりた彼女がカウンターへと戻る。そこから手招きされて、わたしはそちらへと向かった。
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「何飲む?」
「んー」
カウンターのイスを引きながら、並んだお酒を眺める。
「あの桃のでお願いします」
端から3番目。ボトルに桃の絵柄が描かれた茶色い酒瓶を指差す。
ここに来ると、こうやって自分でメインのお酒を選んでマスターにカクテルにしてもらうのが、わたしの注文方法。
ほかの人は、マティーニとかモスコー・ミュールとかお酒の名前を言って注文しているけど、初めてバーという場所に来たわたしに気を遣ってくれたマスターがこの方法を授けてくれたのだ。
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初めてこういうメニュー表がない場所へ来ると、何を頼んだらいいのか。何がメニューとしてあるのか、分からない。
そんなときは、何かボトルを1つ決めて「飲みやすい感じにアレンジして」とか「甘い感じにして」とかやんわりとした注文をすれば良い。
初めてきた店でいきなり「お任せで」と頼むのはアリだけど、それをされるとバーテンダー側も何を出せば口に合うのか迷うのよ、とここのマスターは苦笑していた。
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「愛羽、仕事終わり?」
わたしが指差した桃のボトルを手に取りながらマスターが首を傾げる。
スーツ姿なのを見て尋ねたのだろうが、この週の真ん中水曜日にOLが休みな訳がないだろうに。
頷くわたしに、マスターは眉を寄せる。
「どうせ空きっ腹なんでしょう?」
これでも食べておきなさいな。とナッツを盛った小皿を出してくれた。
うーん、今日は酔いたい気分だったのだけれど、流石に空きっ腹にはよくないか。
お礼を言って、マスターの勧めてくれたナッツに手を伸ばした。
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マスターがシェイカーではなくて、ビーカーのようなものにお酒を入れ始めた。
――あー残念。マスターのシェイカーの振る姿って、わたしが知っているバーテンダーの中で一番、綺麗なのよねぇ。
心の中で少々悔しく思うのは、わたしの恋人よりもシェイクのフォームが綺麗だってこと。
そりゃ贔屓目で見れば、うちの子が一番、だけど……立つ姿も、銀色の計量カップで量っている姿も、シェイカーを振っている姿も、なんていうのか……目を惹く力が宿っている。
だから、お酒を注文して、出てくるまでの時間が苦ではない。
美しい彼女の姿を見ていれば、あっという間に、お酒が目の前に出てくるのだから。
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「ピーチ・カクテルよ。空きっ腹に与えるお酒の度数じゃないから、少しずつ飲みなさいね」
「はぁい」
「6時にはピザ焼き職人が来るから」
マスターの注意は絶対だ。
その注意を無視してガブ飲みしたりすれば、必ずひっくり返る。
わたしが空きっ腹だというのを知ったのだから、食前酒あたりのものを提供すれば問題は解決かもしれないけれど、彼女はそうしない。
その理由は、社会人になってすぐここに来たわたしを、こういった面で育ててくれた母親みたいな存在だからだ。
マスターが以前言ってくれた言葉。
『右も左も分からない子見つけて、気に入ったんだから、いい女に育てたくなるじゃない? それには何事も経験よ。何もやらない状態で耳から入った情報は役立たない。実際やってみて、経験して、耳に入った情報が初めて役立つの』
最初はなんのことだか分からなかった言葉。
だけど、後になればなるほど身に染みて分かる。
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例えば、このお酒はアルコール度数高いからゆっくり飲めと言われて出されたお酒。
試しに一口飲んでみれば、好みの味な上に、ジュースみたいに飲みやすい。
初めてそんなおいしいお酒に巡り合うと、やっぱりゴクゴク飲んでしまう。
結果、悪酔いする。最悪、吐く。
そんな経験をした後日。
これはアルコール度数高いからゆっくり飲めと出されたお酒があったとする。
飲んでみると、やはりおいしい上に飲みやすい。
しかしそこで働くのは経験からの警鐘。
こういうパターンでガブ飲みしてこの間大変な目にあったな。今日はゆっくり飲もう。
と、楽しいお酒の嗜み方が、身についてゆくものだ。
マスターはそういう事を言っている。
まぁ何事も、やってみなけりゃ物の真意は理解できないということだ。
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