※ 隣恋Ⅲ~過去 現在 未来。嫉妬~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 過去現在未来。嫉妬 2 ~
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―― 愛羽の場合 ――
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お疲れ。お先に。
まだデスクにかじりついている皆に申し訳なく思いながら、わたしは会社を後にした。
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今日は仕事が順調にいって、定時に退社することができた。
けれど、どうも、心が晴れやかでない。
その理由に見当はついている。ていうか、ここ数日そのことでずっと悩んでいるのだ。
駅に向かう途中、信号で立ち止まり、手首を返して時計をみる。
――五時半。……確か、あの店は夕方六時オープンよね。
わたしはくるりと踵を返して、駅に向かう道から外れた。
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わたしみたいな仕事をしていると、取引先の人と食事というのはよくある。
そして、商談をうまく進めるためにそのあとバーにハシゴ、なんてのもよくある。
だから、雀ちゃんのバーを知る前に、よくお世話になっていたバーも数件ある。
最近は彼女に会いたくて、シャムばかり足を運ぶけれど、今日ばかりはあの店に行かなくちゃ、とヒールを鳴らした。
あの店の名前は、「酔」
看板は小さく、知る人ぞ知るといった店だけれど、行ったときにお客がいない日は無かった。
スイ、という店名を漢字で表記している通り、店内は和風。
カウンターとテーブル席があって、一番奥には座敷席がひとつ。そこには囲炉裏がある。
それが「酔」のイチオシポイントだと思う。
マスターも囲炉裏を随分可愛がっていて、カウンター内の人手が足りているときは囲炉裏の傍に座っている。
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この道を歩くのも久しぶりかしら。と思い浮かべるものの、そういえば先月取引先の人と行ったわ、と記憶をたどる。
確かその取引先の人が和モノが好きで、連れていったんだった。
角を曲がって、「酔」のある通りに出ると、そこには見覚えのあるスラリとしたひとが立っていた。
「あら。お久しぶり、愛羽」
小さな看板を磨く手を止めてこちらに目を向けたその人こそ、「酔」のマスターである青木 蓉子さんだった。
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「お久しぶりです。ちょっと早かった?」
「いいわよ。愛羽一人なら気も遣わないでいいから。いらっしゃい」
「一応、お客なんだケド」
時計を見れば5時40分。
オープンには早過ぎる時間でも、マスターは快く手招きしてくれたけれど、口は相変わらずのようで、わたしは唇を尖らせた。
看板を磨く道具を片手に、ドアをくぐるマスターの後を追って、店内へ。
見覚えのある和な内装。囲炉裏にはまだ火が入っていないらしくて黒っぽい炭が真ん中に転がっていた。
店の奥へ続くドアの向こうへ一度消えたマスターは、掃除道具を置いて、手を洗って出てきたようで、ペーパータオルで水滴を拭いつつ、軽く手を広げた。
好きな所に座れ、という合図だろうけれど、マスターがこれから何をするのか見当がついて、わたしはその後を追った。
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「なに、金魚のフンみたいに」
「せめてカルガモの子とか言ってよ」
後ろをついてくるものという点では同じであっても、言い回しが雑すぎる。
ホント、仮にもお客なんだケド。
言い返すわたしを楽しそうに笑って、マスターは靴を脱いで座敷へあがり、囲炉裏の元へ。
隅に置かれた固形燃料とチャッカマンを手に取って、炭に火を入れる。
カウンターに座るつもりだったわたしは靴を脱がずに、座敷の端に腰掛けた。
「愛羽は囲炉裏好きよね」
「日本むかし話でしか知らなかった囲炉裏が目の前にあると、感動しちゃうもの。それに日本人の血なのかしら。見ていてほっとするわ」
まぁ……固形燃料を使うあたりはちょっと風情に欠けるけれど、聞けば囲炉裏の隅に火を入れる作業は正規の方法だとなかなかに時間がかかるらしい。
灰に刺してあった火箸を手にとり、炭を上手い具合に固形燃料の周りに置いてゆくその姿は、昔話のおばあさんよりずっと若くて綺麗だけど、これで男だというのだから、世の中不公平なものよね……。
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