※ 隣恋Ⅲ~急ぐ鼠は雨にあう~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
===============
~ 急ぐ鼠は雨にあう 4 ~
===============
「え……」
===============
濡れた唇は、数分前には自分も言った言葉を投げつけられるとも思ってなかったようで、私の告げた定型文に固まっていた。
===============
だからもう一度、親切に繰り返した。
「愛羽さん。トリックオアトリート」
今日はハロウィンじゃないもの。なんてセリフはきっと返せない。
だって愛羽さんはついさっき、私に「Trick」をしたのだから。
自分の思い付いたちょっとしたいたずらが、こうも大きく膨らんでくるとは思ってもみなかった。
そんな様子で愛羽さんは口を開いたり閉じたりしていたけれど、握りしめていた肩の服をゆっくりと解放しながら、小さく、咳払いをした。
「待ってて」
どこか意を決したような様子でステイを命じた愛羽さんは、私を置いて、ソファから離れた。
――まさかお菓子が用意してあるとか……?
となると目論見と違う結果を生んでしまうぞ。別にお腹が減っている訳じゃなくて、私が食べたいのはお菓子ではなくて愛羽さんなだけなんだけども……。
踵を返した愛羽さんの後ろ姿を目で追うと、彼女は何故か、壁へと歩み寄った。
リビングと廊下を繋ぐドアの横あたりの壁。そこにはなんの荷物もないし、見当たるのは電気のスイッチくらいなものだった。
なにしにそんな所へ? と思った次の瞬間には、彼女によって部屋の電気が消され、私の視力は明るい所から暗い所に行った時同様、瞬間的に失われる。
瞬きを繰り返す私の耳に、こちらへ真っ直ぐ近付いてくる足音が聞こえた。
===============
暗がりの中、何かが私に触れた。
まぁこれは何と疑問を持つまでもなく、ソファまで近付いた愛羽さんの手だろうな。
彼女もまだ暗闇に目が慣れていないようで、手探りで肩、首、と位置を確かめてくる。
ちなみに私はまだ、ソファに逆向きの膝立ちだ。
そして、背もたれを挟んだその向こうに、愛羽さんは立っている。
「愛羽さん……?」
彼女の行動の意味が掴めなくて、名を呟くように呼ぶ。
目がまだ暗闇に慣れていないけれど、愛羽さんは私の正面に確かに居る。だから、さっき顔があった辺りの高さに視線を当てるけれど、あまり夜目が効かない私の目にはぼやああっとした闇しか見えなかった。
当然、突然電気を消した愛羽さんの表情も、目の色も、見える訳もなく、彼女の行動の意図が全く、掴めない。
首を傾げたいけれど、両肩に添えられた手がすすすと首をのぼってきて、両側から頬を挟んだ。相変わらず、彼女の手は柔らかくて、気持ちいい。
「どうした」
んですか? と続けられなかったのは、彼女の唇に口を塞がれたから。
いつも通り柔らかい感触が離れた頃にすこし暗闇に目が慣れて、私は間近でまだぼうっと輪郭程度しか見えない愛羽さんの顔を見つめた。
===============
彼女は、何かを言い淀むように、息を吸ったり、軽く詰めたり、吐いたりして、言い出すタイミングを計っていた。
「愛羽、さん?」
何をそんなにも迷っているのかと疑問を浮かべつつ、彼女を呼ぶ。
そうしながら、ああ自分が「トリックオアトリート」と言ってから、その返答待ちだったんだなと思い出した。そのとき。
「お菓子、持ってないの」
吐息と共にそう告げられて、どきんと心臓が跳ねた。
「……」
「もって、ない」
咄嗟に、言葉が出てこなくて黙ってしまった私の表情を、果たして愛羽さんは見ているのだろうか。
トリックオアトリートを唱えた私に差し出すお菓子がないのだと繰り返す恋人の意図を、私は正しく、理解できたと自負する。
「じゃあ、悪戯決定、ですね」
闇の中に溶けた私の言葉に了承の意を示すよう、愛羽さんの唇がまた、私のそれに重なった。
===============
※本サイトの掲載内容の全てについて、事前の許諾なく無断で複製、複写、転載、転用、編集、改変、販売、送信、放送、配布、貸与、翻訳、変造などの二次利用を固く禁じます※
コメント