※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 二つの封筒 9 ~
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「ほんと!?」
「ぅえっ!?」
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「ね、ほんとに行きたい? 嫌だけどとりあえず話合わせておこうとかじゃなくて?」
雀ちゃんのポジティブな返答を聞いたわたしが途端に元気になって、驚きと困惑を混ぜた表情の彼女はコクコクと頷いた。
少しだけ、取り乱した自身を落ち着かせるためにも、少し咳払いをしたわたしは、彼女の手を握った。
膝掛けを握り締めていたその手からはすでに、必要以上の力が抜けていて、内心ほっとして、上から指をまわして握り込む。
「なんていうか……ラブホテルって不特定多数の人が使った部屋だから、そういう所は使いたくないって思う人も居るって聞いたことがあるの。だから、雀ちゃんもそうだったら……と思って聞いてみたんだけど……。本当に、大丈夫? 嫌なことはちゃんと、正直に言ってね?」
わたしが何をそこまで気にしていたか、ようやく合点がいった。そんな様子で雀ちゃんが握り返してくれた手は、温かい。
わたしはこの手が、大好きなのだ。
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「不特定多数が使ってるって言っても、ちゃんと清掃してあるもんなんですよね?」
「え? あ、うん。綺麗にしてあるよ」
答えてから、はっとする。
雀ちゃんのラブホテル初心者っぽい発言。と、それに答えるラブホテル経験者の発言。
その温度差に気付かれないかひやりとする。
「だったら、全然。行ったこともないですし、行ってみたいです」
よかった。気付かれてない。
嫉妬しやすい彼女のことだ。わたしの過去の恋人との行為にさえ、妬きそうだから。
笑顔で頷く雀ちゃんの指を、親指で、すり、と撫でたわたしは、色んな意味でほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、さ。明日の夜から、行かない?」
「ラブホテルにですか?」
聞き返されて、何故か赤面した。誘っているのは、こちらなのに。
彼女が、臆面もなく、その名称を言うからなのかもしれない。
湧きあがってきた羞恥心に顔を赤らめながら、彼女の問い掛けに、頷いた。
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恥ずかしさに耐えながら辛うじて、視線をあげていた事が良かったのかもしれない。
一瞬だけ浮かんだ、「あーなるほど、納得」みたいな台詞がバッチリ合う雀ちゃんの表情。
まるで、そこに行く事を事前に知らされていたかのようなその反応。
雀ちゃんのその反応が不審すぎて、思わず、わたしの口から声が漏れた。
「え……?」
「え? ぁ! いや、えっと行きましょう行きましょうラブホテル!」
……どうしてこうも、まーといい、雀ちゃんといい、考えている事が顔に出易い人がわたしの周りには多いのだろうか。
もしかして、わたしも自分で気が付いていないだけで、顔に出るタイプなのかもしれない。
それこそ、「酔」の蓉子さんみたいなポーカーフェイスを手にしたい。
そう思うものの、そうだ。
今は、そんな場合じゃない。
この焦ったように話題を戻して、誤魔化すように無理矢理笑顔を浮かべている目の前の恋人を問い詰めないと。
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どうやって問い詰めてやろうかしら。ていうか、情報漏洩の主は一人しかいないんだけどね。
「まーからどこまで聞いてたの?」
この一件に関係しているのは、わたし達以外、まーしかいない。それが確定事項な今、問い詰める必要はないけれど、きちんと把握しておく必要がある。
今度会社で会ったときに、とっちめておかなきゃ。
「ぇ、あ? いや、別に何も聞いてないですよ?」
「……ほんとに?」
問い詰めるつもりはなかったけれど、雀ちゃんがまーを庇っているのは明白。そんな所を見せられると、どうも、釈然としない。
何かを聞いていたからこそ、「あーなるほど、納得」的な表情が浮かんだのだ。なのに隠そうとするだなんて、何か……ある。
第六感という奴だろうか。
妙な引っ掛かりを覚えたわたしは、雀ちゃんの手を握ったまま、じろりと彼女を見つめた。
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狼狽えるように、喉の奥で「ぅ」と唸った彼女。
あからさまに隠し事をしているのがバレバレだけど、何故か、雀ちゃんは必死で隠し事をし続けている。
――ふぅん? そうなの。そんなにまーを庇う訳ね?
「本当に、何も聞いていないのね?」
すぅ、と目を細め、最終確認のように尋ねてみせると、雀ちゃんは目を泳がせ始めた。
可哀想になるくらい、隠し事が下手な彼女に苦笑さえ湧いてきそうだ。
「な、なにも……」
まだ観念しない彼女が、わたしよりもまーを大切にしているようで、面白くない。
雀ちゃんの手を握っていた手を解いて、身を引く。
「本当に?」
何をこんなに躍起になっているんだと、冷静なもう一人の自分が脳内でぼやいているけれど、……だって、仕方ないじゃない。
恋人にとって一番になりたい願望は、わたしだってあるもの。
今となっては、何を聞いていたかが問題なのではなくて、どうしてまーを庇うのか。
わたしとまーのどっちを取るのか。
そこをハッキリさせる為に、わたしは必死になっていた。
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