※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
===============
~ 二つの封筒 8 ~
===============
何か、額に触れた気がした。
===============
ふわりと前髪が揺れた気がして、薄く目を開ける。
その、”目を開ける”という行動に驚いたのは、わたし自身だ。
どうして目を開けたのかというと、目を閉じていたからだ。
本を、読んでいたはずなのに。
===============
「寝てた……っ」
「あ、起きた」
わたしが慌てて起きるその行動にも慣れてきたのか、雀ちゃんがソファとローテーブルの間に立って、ひざ掛けを広げて持つ手を下ろした。
「おはようございます」
「おは、……よう。いつの間に雀ちゃん起きたの?」
目を擦りたいところだけど、そうするとラインが滲む。
自分の目へと持っていきかけたその手で、彼女の服の裾を摘んで引けば、雀ちゃんはわたしの隣へぽすんと腰を下ろしてくれた。
「ついさっきですよ。起きたら愛羽さんが座ったまま寝てたからびっくりしました」
夢かと思っちゃいましたよ、とにこやかに言う彼女が可愛いくて、つられて微笑む。
「ごめんね、勝手にあがりこんだうえに寝ちゃってて。……これ、かけてくれようとしてたの?」
手に持っていた膝掛け。わたしが起きた時の広げ方をみれば、眠っているわたしが風邪でも引かないようにと掛けようとしていたことは、容易に想像がつく。
その気遣いに感謝しつつ尋ねれば、予想通り、頷きながら照れくさそうに笑う彼女。
「あんまり寝てないし、体力落ちて風邪も引きやすいかもしれないですから」
「ありがとう。そういう優しく気遣ってくれるところも大好きよ」
唐突だったことに驚いたのか、雀ちゃんは軽く目を見開いてから、ゆるりと嬉しそうに破顔した。
===============
腕をひっくり返して時計をみれば、6時半。
「雀ちゃん。何時からバイト?」
「8時です」
「ちょっとお話する時間ある?」
「え、ぁ……っと」
一体何の話だ、と表情が変化したあとに、見当がついたようで「ハイ」と彼女が頷いてくれた。
多分、今朝「バイトが終わって帰ってくるの待ってるから、その後にお話しさせて」と宣言していた事を、思い出してくれたのだろう。
いざ、話すとなると、急に緊張してきた。
「……あ、あの……ね?」
唇を固くして、少し緊張した面持ちで、雀ちゃんは頷く。膝掛けを握った手を固くしながら。
その手がなんだか、少し白んできているように見えるのは、気のせいではないだろう。
「ヘンな事、聞くんだけど」
ごく、と生唾を飲み込んだ。そんなわたしを見て、雀ちゃんも、生唾を飲み込んだ。
「雀ちゃんは……その、ラブホテルって、どう思う?」
「……」
どっどっどっどっどっど。
走る心臓の音を聴きながら、雀ちゃんの顔を見つめた。
じっと見てくるというよりは、呆然と見つめる、という表現が似合う目付きでわたしを見返してくる雀ちゃんは、しばらく黙ったあとに、瞬きをしてから、やっと、口を開いた。
「なんて、言いました?」
===============
うん。そうだろう。たぶん、そんな反応になるとは思っていた。
だって、わたしが雀ちゃんから同じ質問されても、きっと問い返すもの。
「ラブホテルって、どう思う?」
「……あの、ラブホテルですか?」
「恋人とか、まぁ…そういう関係の二人が行くラブホテル」
……は、恥ずかしい……。
あの時、まーと雀ちゃんとわたしが居る車の中で説明させてもらえたなら、茶々をいれつつだろうけど、まーがラブホテルの説明くらい、してくれただろうに。
”そういう事”を目的としたホテル以外に、「ラブホテル」という名称のものをわたしは知らないけれど、一応詳しく言ったのだけど……恥ずかし過ぎる。
赤面する顔を伏せてしまいたい。けれどそうすると、雀ちゃんの表情から思考を読み取れなくなるので、必死の思いで彼女をまっすぐ見つめた。
===============
「え……と。えろいなぁと思います」
え、えろいなぁ。か。そうか。そうよね。
「どう思う?」だなんて開けた質問じゃあ、そういう答えが返ってきてもおかしくない訳よね。
「行ったこと、ある?」
「……ないですけど」
斜め下に視線を逸らしたのは、なぜ。
別に、雀ちゃんが過去の恋人と行ったことがあるのを責めたりしない。
わたしと付き合っている間に行ったのなら、物凄くへこむし、悲しむと思うけど。
「行きたいと、思う?」
「まぁ……」
ちら、とわたしに視線を一瞬戻した彼女は、また視線を泳がせながら頬を人差し指でかいた。
「行けるものなら」
===============
※本サイトの掲載内容の全てについて、事前の許諾なく無断で複製、複写、転載、転用、編集、改変、販売、送信、放送、配布、貸与、翻訳、変造などの二次利用を固く禁じます※
コメント