隣恋Ⅲ~二つの封筒~ 7話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 二つの封筒 7 ~

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 どうしよう、これは駄目よね。ほんと、駄目だわ。

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 そう思っていても、仕事はしなければならないし、時間は徐々に過ぎていくもので。

 終業時間を迎えて、わたしは鞄を肩にかけてデスクから離れた。
 早く帰らないと。

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 雀ちゃんのバイトが何時からなのか、尋ねていなかった事が今では悔やまれる。
 彼女はバイトが8時からならば、大学から一度帰宅して、少しゆっくりしてからシャムに向かう。

 そうであれば、きっと家に居るはず。

 携帯電話で連絡をとって、バイトの時間を尋ねれば済む話なのだけれど、そんな事を聞いたらあの天使のことだ。
 ほんの僅かな時間でも急ぎ足で家に戻り、急ぎ足でバイト先へと向かう、超多忙コースでもやり始めてしまいそうだから、安易に尋ねられない。

 学業やバイトで忙しいのなら、そちらを優先してもらって構わないと思っている。
 忙しい方が気が紛れるだろうし、自分で言うのは少しおこがましいが……わたしの顔を見たら、もしかしたら治まっていたムラムラが湧き起ってしまうかもしれない。

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 ――いや……でも。

 会社から出て、駅へと向かいつつ、胸の中で呟く。

 ――今回ばかりは本当に、わたしの勝手が過ぎてるわ……。

 反省しなきゃ……。
 そして。
 謝らなきゃ。

 逸る気持ちを抑えきれず、急ぎ足で、わたしは帰路を辿った。

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 インターホンを押すかどうか迷ったけれど、持っている合鍵で、彼女の家に入ることにした。

 キーを差し込み、捻ると、カチャンと鍵が外れる。

「雀ちゃん、いる?」

 玄関から廊下の向こうへと声を掛けながら、靴を脱ぐ。

 部屋の電気は点いていないようで、暗い。ということは……、まだ、帰ってない?

 まだ帰らない彼女の家で待つことに、いつもは緊張なんてしない。
 だけど今日ばかりは、鼓動が少し、速くなる。

 きっといないだろうけれど、一応部屋に居ないことを確認してから、自分の部屋に戻ろう。そのあとの予定も立てつつ、リビングの扉を開けた。

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 まず目についたのは、勉強机。その主を椅子にのせていないせいか、物悲しく見える。
 そして空のソファに目を移して、やっぱりいないか、と踵を返しかけたその時。

 もっこりと盛り上がったベッドに、目が留まった。
 雀ちゃんの存在をそこに見つけて、鞄も置かずに近寄ると、微かに上下している掛け布団。

 どうやら、お昼寝の最中のようだ。

 起こさないように顔を覗き込んで、気持ちよさそうに眠る彼女を認めて、自然と目尻が下がる。

 ――ほんと、天使みたいに可愛いんだから。

 小さく笑って、触れようとした自分の手を、思い直して引っ込める。
 触ってしまって、万が一起こしては可哀想だ。

 ソファに座って何かしていよう。
 自宅からパソコンを持ってきて仕事をしていたら、タイピングの音で起こしてしまうかもしれない。
 いつも一冊は鞄に入れて持ち歩いている読みかけの本でも読んでいようか。

 彼女が、バイトぎりぎりの時間に目を覚まさないことを祈りつつ、わたしはソファに、静かに腰掛けた。

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