※ 隣恋Ⅲ~ひねもす~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ ひねもす 16 ~
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「すごい、店員さんみたいね、雀ちゃん!」
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「へ……?」
ラブホテルの店員? 私が? どこにそんな要素があったのか。
首を捻っていると愛羽さんは片手をわきわきと動かした。
「片手でトレー持ってたから。定食の乗ったトレーとか重たくない?」
あぁそういうことか、と納得しつつ、彼女の正面の座椅子へ座る。
「愛羽さんはあんまり来ない時間帯だから知らないかもしれないですけど、シャムはお昼、カフェですからお盆片手で持てないと仕事になりませんよ」
夜のバーとはがらっと雰囲気も違う昼間のカフェでは、一番重量のあるメニューで、カレー大盛プラス紅茶のセットだろうか。
まぁ何が一番重たいかははっきりしないけれど、忙しさがピークの時に両手でトレーを運んだりしていては、お店が回らない。
お昼時の忙しさを思い出して苦笑していると、愛羽さんは目を丸くしている。
どうやら、お昼のシャムの事を失念していたらしい。
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そっかぁ、と感心した声を漏らした彼女は、私が席に落ち着くと、両手を合わせた。倣うよう私も合掌すると、タイミングを合わせた訳でもないのに、二人の口から同時に「いただきます」と告げられた。
「ご飯作れるようなキッチンなんてあった?」
「あー、奥の部屋に、あるんですよ」
スタッフルームの一角。カセットコンロが3つ。
そこに鍋とか色々おいてあるし、流しはもともとスタッフルームにある。
店長曰く、お昼の経営はするつもりがなかったんだけど、お昼の雇われ店長に適任な人物が見つかったので、店舗を使用していない時間がもったいないからと昼間はお店をカフェにする経営方針に、変更したらしい。
だから、お昼ご飯を作るような設備を、後からスタッフルームに追加したのだ。
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以前一度スタッフルームに入った事のある愛羽さんは覚えていない様子で、ふぅん? と相槌をうつ。
あの時は泥酔してたし、店長が色々とひどいこと言ってきたしで、スタッフルームの中の事など記憶にないのだろう。そういえば、あの時彼女は太郎君にラブホテルに連れ込まれたと勘違いしていたなと頭の隅で思い出す。
あの頃は、まさか自分と愛羽さんがこうしてラブホテルにやってくるだなんて思いもしなかった。
割り箸を胸下辺りでぱきと割る愛羽さんは軽く首を傾げる。
「メニューって結構あるの?」
「そこまで多くないですよ、簡易的なものが大半です」
だって、スタッフルームの簡易キッチンで作っているのは、レトルトを温めたカレーだとか、もう形成まで済ませてあるハンバーグを焼くだけとか、簡単なものばかりだから。
家で作る夕食の方が手が込んでいると断言できるほどの簡単さだが、盛り付けと食器に気を遣えば、そこそこの料理に見えてくるもので、”料理は見た目も大事”という言葉はその通りだと思う。
バーのキッチンについて思いを馳せていて、無意識に、袋から取り出した割り箸を割った。
ヒク、と目の前の愛羽さんの片眉が震えたのを目にして、「は?」と思った直後に、「しまったやってしまった」と気が付き、私の頬に冷や汗が流れた。
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割り箸を縦に構えて、左右に開いて割ってしまったのだ。
私は恥ずかしながら、20年生きてきてがマナーというものに疎い。挨拶をきちんとするとか、目上の人に敬語を使うとかそういうのは部活で培ってきたものがあるんだけど、テーブルマナーとか、授業でもやらないような方面のことはからきし駄目だった。
そして、愛羽さんと付き合うようになって、ある時、宣言された。
『雀ちゃんに、マナーを叩き込みます』
ぐっと握った拳を突き出されたその光景を、今でも覚えている。
なんとなく、マナーという堅苦しいそれに苦手意識をもっていた私は愛羽さんに嫌そうな顔を見せたらしい。
そんな私に、マナーは身に着けていて絶対損はないし、義務教育で教えてもらえる訳でもないくせに知らないと損しかしない。だから貴女に嫌われてもいいから、わたしが教える。と、愛羽さんは私を引き寄せ、抱き締めながら宣言したのだ。
生まれて初めてそんな宣言を受けた。
ガミガミうるさくマナーを言って私に嫌われるかもしれないと、不吉な想像を抱きながらでも、彼女は私の将来に役立つことを教えてくれるというのだ。
献身的で、言ってしまえば自己犠牲にも繋がりそうなその台詞に、密かに感動したのは、愛羽さんには内緒だ。
だがしかし、ちゃんと、「よろしくお願いします」と頭は下げた。
だってそこまで言ってくれたのに、「いらないです」とか言えないし、言う気すら起きなかった。
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その時から、色々と教え込まれてはいるものの、20年培ってきた無意識の行動というのはマナーとは程遠く、「割り箸は横に箸を構えて上下に小さく割るのよ」と教わっても、何かに気を取られていればうっかり忘れてしまうし、なかなか、難しい。
こと、二人で食事をする時に愛羽さんの監視体制は厳しい。
今も私の箸の割り方を見咎めたように、鷹の目のように鋭い視線で、私の行動は見つめられているのだった。
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