隣恋Ⅲ~宿酔の代償~ 20話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 宿酔の代償 20 ~

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「改めて、いただきます」
「はい。どうぞ」

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 やっぱり味の変化を楽しみたいから、まずはこの温泉卵を割らずに頂こう。
 フォークに巻き付けたパスタを、ドキドキしながら口に運ぶ。

 今まで、雀ちゃんの手料理を食べてきたけど、どれも美味しかった。きっとこれも美味しいんだろうなと予想は出来るけど、こんなイタリアンを本格的に作ってもらったのは初めてで、緊張と期待が入り混じる。

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「お口に合いますか?」
「~~~~~美味しいっ!」

 本当に、ほっぺが落ちるんじゃないかと思うくらい、美味しい。これは、お店に出していいレベルの味だと思う。

「おいしい。ホント、美味しい。雀ちゃん天才」
「大袈裟な」

 声にならない声さえ上げるくらい、美味しいというのに、作った本人は謙遜して首を振る。
 それどころか、美味しいと思ってもらえたならそれでいいや、と言った風体で、自分のミートパスタを食べ始める始末だ。

「食べるのもったいないくらい美味しいんだけど……」
「いやそこは食べてくださいよ」

 愛羽さんの為に作ったんですから。
 と微笑まれて、わたしはもう、胸と胃袋を一緒に鷲掴みにされた。

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 その後も、美味しいを何度連発したのかも分からない。
 カルボナーラも美味しかったし、少し取り分けて貰ったミートパスタも美味しかった。

 温泉卵を割って、とろぉっと出てきた黄身と絡めて食べるのも、最高に美味しかった。

 そんな美味しさ満点の食事はあっという間に終わって、わたしは両手を合わせた。

「ご馳走様でした。本っっっ当に美味しかったです」
「お粗末様でした」

 本当ならこれにサラダがあったら満点だったんですけど、さすがに二日酔いで買い物いけなくて、あるもので作ったらこうなっちゃいました。
 と、肩を竦める雀ちゃん。

 ありあわせのもので、これだけ作れたらもう十分だと思う。

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「コーヒー飲みますか?」
「あ。お願いしてもいい?」
「もちろん」

 優しく頷いて立ち上がる彼女にあわせて、わたしも立ち上がる。
 夕食を作ってもらったんだから、せめて後片付けくらいさせてもらわないと罰があたる。

「ソファでゆっくりしてていいのに、愛羽さん」
「コーヒーまでお願いしてるんだから、これくらいさせて?」

 外で仕事をしているからとか、社会人なんだからとか、年上なんだからとか、収入が多いからとか、忙しいんだからとか、そんな理由を盾に、夕食の後片付けもしないような人間にはなりたくない。

 彼女は恋人であり、わたしに無償の愛を注いで世話してくれる親ではないのだ。
 好意からの行為にダダ甘えして、いつの間にか負担になり下がる訳にはいかない。

 自分も自炊をするから分かるんだけど、料理を作って、食べて、後片付けをして、というのは結構面倒な作業であるのだ。

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 わたしが後片付けを済ませた頃には、ソファ前のローテーブルに熱々のコーヒーカップが二つ並べられていて、ご丁寧に、シュガーやミルク、マドラーの入った籠と、チョコレートの箱が並べられていた。

「片付けありがとうございます」
「ううん。あのくらい。コーヒーありがとね」

 ほんと、カフェに来たみたいな夕食ね。
 と、彼女の隣に腰掛ける。

「気に入ってもらえたなら、またパスタ作りますよ?」
「ホント? 嬉しい」

 にこにこと柔らかい笑みを浮かべて、コーヒーを啜る雀ちゃんの隣で、同じくコーヒーカップを傾ける。
 一口含んで、舌の上に広がる酸味の少ないまろやかな味を喉に落とすと、自然と零れる吐息。

 お腹もいっぱいになって、隣には恋人が居て、美味しいコーヒーがあって。

 ほっとしない訳がない。

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「カフェみたいな夕食だったけれど、ここまで落ち着くのは家じゃないと無理ねぇ……」

 お店によっては、カップル席とかいって、対面席ではなくて大き目のソファが置いてある場所もあるけど、やっぱり家が一番だわ。

「忙しそうであんまり家に居ないひとだと思ってたんですけど、愛羽さんって家好きなタイプだったんですね」

 チョコレートの箱の封をペリペリと剥がしながら、雀ちゃんがこちらを意外そうに横目で見てくる。
 うーん。ちょっとだけ、それは、違うかな?

「元々家は寝に帰ってくる場所って感じだったんだけど……雀ちゃんとこうしてコーヒーを飲む時間ができてから、変わったのよ」
「え?」

 彼女から差し出されたチョコレートの小袋。
 受け取りながら、微笑む。

 仕事での張り合いは確かにあった。けど、私生活には恋人という存在が居ても、大した色がなかった。
 そんなわたしの味気ない生活に、彼女が現れて、変えてくれたのだ。

「貴女とこうして一緒に居るときが、落ち着ける時間なの」

 ありがとう。と改めて感謝の気持ちを伝えると、雀ちゃんは照れくさそうに、鼻の頭をかいた。

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