※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 1 ~
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「ん?」
わたしは隣の家の玄関扉の開閉音に、ジャケットを羽織る手を止めた。
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隣というのはもちろん、雀ちゃんの家。
だけど、いつもより出勤……じゃないか、学生の彼女は通学という言葉が正しい。通学時間が早い。
それに今日は大学の講義が無い日じゃなかったかしら?
カレンダーを眺めつつ、ジャケットに腕を通して襟元を整える。
化粧を終えた自分の顔を最終チェックして、腕時計をつけた。
ベランダの扉や窓の鍵がちゃんと閉まっているか確認して、鞄を肩にかけて玄関へ向かう。
さっき雀ちゃんが出掛けたなら、今出れば会えるかもしれない。
淡い期待を胸に、扉のチェーンと鍵を外して、ドアを開けた。
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「っくりした……!」
「び」が抜けた程には驚いた。だって、とっくにエレベータの所まで行ったと思っていた雀ちゃんがわたしの家の前を過ぎた所に居たから。
わたしが玄関から出ると、彼女はやけにゆーっくり振り向いた。
「おはよう……どうしたの?」
明らかに不審な動き方をする彼女に、その眼差しを向けつつ、わたしは自宅に施錠をする。
鍵を鞄に仕舞いながら彼女に近付くと、随分と顔色が悪い。
「ちょっと雀ちゃ…………ん、お酒クサイ」
風邪か何かで具合が悪いのかと、彼女の額へ伸ばしかけた手。その動きを止めたのは、朝の爽やかな風に乗ってきたアルコール臭だった。
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「すみません……」
自分の口元を手で覆う彼女だが、そのアルコール臭は多分、全身から立ち昇るものだから、昨日相当飲んだに違いない。
確か遅くまで、ぽそぽそと何か話す声が壁越しに聞こえたような気がする。
このマンションは壁が厚いから、隣の会話が筒抜け、なんてことはないが、大騒ぎすれば聞こえる程度には、隣の物音はやはり聞こえてくるものだ。
「たくさん飲んだの?」
「覚えてないくらいには……」
覚えてない!? あの節度を持って飲む雀ちゃんが?
目を丸くして彼女を見上げる。いつもより視線の高さに差が少ないのは、彼女が若干猫背だから。
この様子では多分、二日酔いなのだろう。
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わたしは嘆息をついて、肩の鞄をよいしょと抱え直した。
「そんなカッコでどちらまで?」
すこしくたびれた服装を見るに、昨日酔ってそのまま寝て、服を着替えてもないのだろう。
なのに、そんな恰好で表に出てくるとは、彼女らしくもない。
「あー、自販機までスポドリを」
咎めるような言い方を察知したのか、バツが悪そうに目を泳がせる彼女。一応、悪いとは思っているみたいで安心する。
よかった。こういうだらしない事を平気でする子じゃないと再確認できて。
雀ちゃんは確かに手にお金を握っていて、その他にパンツのポケットにキーケースを捻じ込んでいるだけだ。
本当に、自動販売機に行って帰ってくるだけのつもりのようだった。
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「まったくもう。買ってきてあげるから、家で待ってなさい」
「え、いやそんな迷惑かけられないです、愛羽さんお仕事でしょう?」
「そんなギリギリの時間に出るような人間だと思ってるの?」
出社は余裕をもってするタイプです。
言いながら肩から鞄を下ろして彼女に押し付ける。もちろん、一度仕舞ったキーケースは手の中へ取り戻して。
「はい。これ持って家に戻ってなさい」
彼女の家の玄関を指差してから、その手で握られていた雀ちゃんのお札を抜き取った。
ポカリくらい普段なら買ってあげるんだけど、今回ばかりは無茶な飲み方をした雀ちゃんへの罰ということで、彼女のお金を使わせてもらう。
「何本買ってくるの?」
「ええと……買えるだけ」
「6本も飲むの?」
千円だとペットボトルのジュースは6本買えるんだけど、計算も出来ないくらい二日酔いがひどいのかしら?
ちょっと心配になってくる。
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あぁそうか……と小声で呟いている彼女に苦笑して、その頬を指の背でそっと撫でた。
「本当は2本くらいでいいかもしれないけど、わたしが居ない間に買いに行くことになったら大変だから、多めに買ってくるね」
「すみません」
本当にすまなそうに謝るもんだから、可哀想になってくる。
わたしは目元を緩めてから、彼女の頬から指を離した。
「家に戻ってなさい」
返事を聞く前に、わたしは踵を返してエレベータへ向かった。
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