※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 26 ~
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それから程無くして、副社長の秘書さんがやってきた。
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「副社長からの伝言です。赤城様の御機嫌を損ねないように次に繋げてきなさい。とのことです」
4人乗ったエレベータが動き出す中で告げられた伝言。
それは明らかに、接待をしくじるなよという命令だった。
「了解でーす」
背中に冷や汗をかくわたしの横で、伊東君もぎゅっと自分の鞄の取っ手を持ち直して緊張の面持ちを隠せないでいる。
しかし、その前で、うちの部長だけは飄々と、いつもと変わらない声音で返事をした。
――まったく……緊張ってものを知らないのかしら。
と胸中でぼやくものの、いつもと変わらぬ態度の彼女に、力んでいた肩の力を抜いてもらった感は否めなかった。
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会社の正面玄関から出て、すぐの場所。
ちょうど昨日、雀ちゃんが車を停めていた場所あたりに、一台車が停めてある。まっすぐにそれに向かって進む秘書さんのあとをついて行きながら、助手席にまーで、後ろにわたしと伊東君よね、と考える。
玄関から一番遠い後部座席右側の扉へと伊東君が回ってくれたので、わたしは車の左側へ。
秘書さんが運転席へ乗り込んだあとから、それぞれ車へと乗り込み、シートベルトを締めた。
車を発進させる前に、わたし達3人へ配られた一枚のA4の紙。
「赤城様のプロフィールや嗜好などです。ご参考にしてください」
「ありがとうございます」
「ここから15分程度で到着しますので、それまでに目を通してください」
正直、こういう情報はありがたい。
どこの学校を出たとか、大学で何を専攻していたとか、何の部活をしていたとか、どういう食べ物が好きかとか、これだけは絶対に触れてはいけないタブーの言葉とか。
相手の情報があればあるほど、接待する側としては随分難易度が下がる。
だからこうして情報をまとめてくれた秘書さんの気遣いと有能さに密かに感謝しつつ、わたし達は車に揺られた。
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秘書さんは15分と言っていたが、実際は10分程度で到着したそのお店。
さすが、副社長が接待で使う予定だったお店だ。
純和風の佇まいの門が美しい。その門を越えた向こうには同じく純和風の建物が大きく構えているのが見えた。
きっと、こういう所のメニューは目が飛び出る程高額なのだろう。
「そのプロフィールは置いていってください。予約の名前は会社の名前でしてあります。支払いはこれを使ってください」
秘書さんからまーに封筒が手渡されて、その中身はきっと現金だろう。
「赤城様の乗るタクシーチケットです」
さらに、まーの手に小さな紙が渡される。
わたし達が使うことは滅多にないが、タクシーを利用される先方をお見送りする際には必ず必要なチケット。
「これは最後に赤城様にお渡ししてください。中身はチョコレート。溶けるほどの気温ではないと思いますが、お店に預かって頂けるようでしたら冷蔵庫でお願いしてください」
小さな黒い紙袋はいかにも高級そうな外見だ。
先程目を通したプロフィールに書いてあった好物の欄に、チョコレートと記されていた。
チョコレート以外の受け取ったものを、まーがすべて鞄にしまうと、秘書さんはその顔に1ミリの微笑すら乗せることもなく、かといって、不機嫌という雰囲気がある訳でもなく、「健闘をお祈りしております」と軽く頭をさげた。
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ここまで送ってくれた秘書さんにお礼を言って、降車したわたし達。
ゆるりと発車した車は、滑らかにカーブの道を行き、その姿を消した。
「俺、店に声掛けてきます」
「ん。よろ」
チョコレートの入った小さな紙袋をまーから手渡された伊東君が、敷居の高いお店へと入ってゆく後ろ姿をみていると、まーが溜め息を吐いた。
「どうしたの?」
「いや、和食かーと思って。洋食の方が良かった。イタリアンとか」
「食べるの目的で来てないでしょ」
まったく本当に、どうしてここまで肝が据わっているのだろうか。
尊敬に値する。
「ピザ食べたい気分なのに」
「接待でピザとか、聞いたこともないわよ」
そんな緩い会話をしつつ、赤城さんの到着を待った。
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