※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 21 ~
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二人を見送って、戻ったデスクにコーヒーを置き、ぽすんと椅子に腰掛けた。
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すぐに仕事にとりかかる気にもなれず、そのままコーヒーを啜る。
じわりと甘味が口に広がって、飲み込んだあとには、ほっと吐息がこぼれた。
温かいものを飲むとこうして吐息がこぼれるけれど、お味噌汁とホットコーヒーは格別だ。
――でも、雀ちゃんのコーヒーに敵うものはないけどね。
誰にともなくひとりごちて、カップに再び口をつけた。
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ちびりちびりと飲んでいると、睡魔が近付いてきている気配がした。
まずい、と思ったときにはわたしは、睡魔に片脚を掴まれたようで、ゆらりと瞼が下がってくる。
「……」
あぁダメダメ。ちゃんと起きてなきゃ。
残業中に転寝なんて、シャレにもならない。
傍から見れば、そんなの残業代泥棒よ。
一度ぎゅっと閉じた瞼を見開いて、持っていたカップをデスクに置いた。
仕事の続きしよ。
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「おー、えらいえらい。寝たら背中叩いて驚かしてやろうと思ってたのに、惜しかったなぁ」
「ひゃっ!?」
突然かかった声に驚いて、後ろを振り返ると、そこにはまーが立っていた。
鞄を肩にかけているところを見ると、たった今会社に戻ってきたらしい。
「ぉ、おかえり……」
ドクドクドクと速い鼓動を打つ胸を押さつつ、眠気は吹き飛んだので感謝する。
「ただいま。伊東は?」
「まだ帰ってきてないわ」
「ええおっそ。男のクセに風呂が長いとか準備が遅いとか無理。やだわー」
あまりの言いように苦笑して、お風呂に入って疲れもすこし取れたのか、さっぱりした顔付きになった彼女をみあげる。
「伊東君は車だから、帰宅ラッシュに巻き込まれて遅いのかもよ?」
この時間だと、会社から帰る車で道路は混んでいることだろう。それに、時間ギリギリまで家で仮眠をとっているかもしれない。
あんなに眠そうにしていたのだから、それも仕方ない。
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「まーは昨日残業からの徹夜でしょう? 仮眠とらなくても平気?」
「んん? へーきへーき。なんとかなるよ。愛羽こそ、眠そうだったけど大丈夫?」
わたしなんかよりもずっと働いているまーなのに、こちらの心配をしてくれるあたり、優しいなぁと思う。
上司の鏡である。
頷くわたしの隣の席に「よいしょ」と座った彼女は、少しだけ声を潜めながらわたしに椅子を近付けた。
「てか昨日、すずちゃん怒ってなかった?」
「へ? 雀ちゃん? なんで?」
「なんでってそりゃ、無理矢理愛羽呼び出しちゃったから」
怒る? 雀ちゃんが?
昨日の雀ちゃんの様子を記憶の彼方から呼び起こしてみると、うーん、怒った顔は見ていない……と、思う。
ただ。
「まーのこと嫌いになりそうとは言ってたかな」
「がっでむ!」
揶揄うように言ってみれば、まーは頭を抱えた。
出会ったときからそうなんだけど、まーは雀ちゃんのことを結構気に入っている。
ゲーム友達っていうのもあるんだろうけれど、それを差し引いても、結構、雀ちゃんを可愛がっていて、わたしの知らない間に、二人で遊ぶ約束をしていたりするから驚く。
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「大丈夫よ。うちの子は天使みたいにいい子だから」
「そんないい子から嫌いになりそうって言葉を引き出せちゃうような悪い事しちゃったってことでしょうよ」
くそぅ……多田のせいだ。なんて鼻に皺を寄せていた彼女は、何を思いついたのか、膝にのせていた鞄をごそごそとやり始めた。
すぐに取り出したのは、スケジュール帳。部長らしく大き目のそれを開いて、挟んでいた封筒をこちらに差し出した。
「? なに?」
「今回の迷惑料ってとこかな?」
「え、いいわよそんなの。昨日もらったガソリン代だけでも雀ちゃん遠慮しそうだし、わたしも納得済みでこっちに来たんだから」
ありがとうだけどいらない。と一旦受け取った淡いピンク色の封筒を、開いたままの彼女のスケジュール帳の上に置き直す。
雀ちゃんは本当にいい子だから、「これガソリン代」と現金を差し出しても絶対に受け取らない姿が目に浮かぶ。
どうやって渡すかも考えておかないと……と思っていたところに、こんな迷惑料を渡されても、まーの気持ちは嬉しいが、正直困ってしまうのだ。
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