隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 23話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 楽しそうな貴女を見ていれば幸せが溢れて。

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 ~ 湯にのぼせて 23 ~

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 ここの喫茶店のマスターは、強面な外見とは裏腹に、気さくで人懐こいひとみたいだった。
 その上どうやら、雀ちゃんのことを気に入った様子で、しばらくコーヒーについて二人で話込むほどだった。

 言わずもがな、コーヒーが趣味、と言える程大好きな雀ちゃんは嬉しそうに彼にいくつも質問を投げかけていたけれど、1つだけ、まともな答えが返ってこない問いがあった。

「豆ってどんなの使ってるんですか?」

 相変わらずキラキラした目で彼の答えを待つ雀ちゃん。ほんと、コーヒーに目がないもんだから、ここぞとばかりに懐いて尻尾をぶんぶんと振っている。

 しかしこの質問にだけは、彼の意味深で自慢げな笑みと、「ナイショ」という言葉しか返ってこなかった。

 ミルはどんなものを使っているのかとか、あの機械はなんですかとか、そんな質問にはほいほい答える彼も、企業秘密だけは厳守するみたいだ。

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 仕事にプライドを持つタイプの人間を好ましく思うわたしは、楽しそうな雀ちゃんと彼を見比べて、内心、先程のお嬢ちゃん呼ばわりを許容してもお釣りがくるくらいには、彼を見直した。

 やはり、餅は餅屋。
 逆立ちしたってわたしにはコーヒーの詳しい話はできないし、こんなキラキラした目をする子供みたいな雀ちゃんは中々引き出せない。

 楽しそうな彼女を眺めているだけでも、わたしは結構、幸せなのだ。

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 ほどなくして、マスターと雀ちゃんの話もひと段落して、手元のグラスもカップも空になって、いつの間にか喫茶店を出る雰囲気になっていた。

「じゃーな、嬢ちゃん。お嬢ちゃんも」

 ひらりと手を振ったマスターに会釈を返しながら、一見の客にここまでフランクに接するトークテクニックってすごい……と感心する。
 彼は基本的にカウンター内から動かないみたいで、お会計はウェイトレスさんが担当してくれた。

「あ、出しますよ」
「じゃあ次のとこで奢ってもらおうかな」

 微笑みで雀ちゃんの財布を仕舞わせて、二人分のお会計を済ませると、なんだかキラキラした目でウェイトレスさんに見つめられた。

 ……なんだか、この女の子からは何か意味のある視線を感じるのよねぇ……。それがどんな意味を含んでるのかはちょっと見当つかないんだけど。

 一つの謎を残したまま、わたし達は純喫茶を後にした。

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 隣を歩く雀ちゃんは胸いっぱい大満足、なんて顔をしているけれど、わたしは少し空腹を感じていた。元々、お昼を純喫茶で食べられたらいいなぁと思ってたしね。
 アイスコーヒーだけでは少ししか満たされなかった。

「雀ちゃん」

 少しだけ、甘えた声を出してみる。

「おなかすいた」

 わたしの声にこちらを見下ろした彼女の顔の変化がおもしろかった。
 「え?」→「あ~そういえば……」→「しまった!」
 みたいな感じ。

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「す、すみません。愛羽さん、喫茶店で全然楽しくなかったですよね……!?」

 焦る表情の彼女がわたわたと手を動かす。その意味のないような行動にも焦りが如実に現れていて、わたしはつい、吹き出してしまった。

「楽しかったわよ? 十分」
「い、いやでも、愛羽さんコーヒーとか興味ないでしょう? ごめんなさい」

 シュン、と見るからに肩を落として落ち込む雀ちゃん。

「興味ないことはないわよ? 貴女達みてて楽しかったし」

 あんなキラキラしながら趣味の話をする雀ちゃんは、正直初めてみた。だから嬉しかった部分もある。
 そう本人に伝えると、雀ちゃんは自分の顔をぺたりと触って、恥ずかしそうな小声で言う。

「……そんな楽しそうでしたか? 私……」
「ええ。とっても。まーとゲームの話している時よりも楽しそうだったわよ?」

 揶揄うように唇の端を上げると、雀ちゃんは後ろ頭をかく。
 こういう典型的な、”照れ”のポーズや仕草をするところがまた、可愛い。

「ゲームの話をする相手は結構いても、コーヒーの話ができる相手はなかなか居ないんです」

 だから楽しくてつい。と続けて言った雀ちゃんは、ひとつ咳払いをして通りに並ぶお店を見渡した。

「愛羽さんの好きなもの食べましょう?」

 それが彼女なりのお詫びというやつなんだろう。
 そんなに気にしなくてもいいのに、と思う反面、気に掛けてもらえて嬉しいと思ってしまうのは、人間が出来ていない証拠かもしれない。

 彼女の言葉に甘えて、『温野菜屋』という看板を掲げたみるからに野菜中心のメニューがありそうな食事処を、わたしは指差した。

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 雀ちゃんは野菜とお肉、どちらが好きかと問えば間違いなく後者と答える。聞けば、野菜が嫌いなわけではなく、ただお肉が好きなだけだそうだ。

 わたしはその逆。お肉よりは野菜派。

 そんなわたしの希望に頷いて、『温野菜屋』まで歩く雀ちゃんの隣を歩きながら、ふと視界に過ぎった見知った顔。
 人通りの多い道でその人物は誰なのか判断する前に過ぎ去っていってしまった。

「どうしました?」
「あ、うん……なんか知り合いが居たような気がして……」

 知り合い? と驚いたように目を丸くする雀ちゃん。その驚きの通り、ゴールデンウィークにこの温泉宿の側で知人に会う確率は非常に低い。

「探してみますか? お仕事関係の方だったら……」

 言葉を濁す雀ちゃんの頭には多分、わたしと同じ考えが浮かんでいるだろう。
 例えば、今すれ違ったのが取引先のお偉いさんだったとして、それを”目が合ったのに見て見ぬ振りをした”と言われでもしたら、……中々、厄介な事になりかねない。

「うーん……」

 わたしはその場に立ち止まってぐるりと周囲を3回見回した。

「……これだけ見て居なかったんだから、大丈夫でしょ。行こ」

 これだけ探しても知人は見当たらないし、居たとしてもこれだけ探している姿を見せれば好意的な知人なら向こうから寄ってくるだろうし。
 そのどちらも無いということは、気のせいだったかもしれない。

 心配そうにわたしを見下ろす彼女に微笑んで、手を引いた。

「大丈夫。行こ、お腹へったよ」
「……、はい」

 優しく笑んでくれた雀ちゃんの手を引いて、わたしは『温野菜屋』の暖簾をくぐった。

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