隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 105話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 先客。

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 ~ 湯にのぼせて 105 ~

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 もう何度この旅館のこのルートを歩いてきたかなぁ。
 大浴場への道はもう覚えたくらいには、辿っている道のり。道のりなんて大袈裟に言っても、館内だから3分くらいで到着するんだけど。

 さすがに朝が早すぎるのか、誰ともすれ違わなくて、すこし不安になる。

「大浴場って開いてるよね…?」

 誰にともなく呟いた声が、廊下に吸い込まれて消えた。

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 到着した大浴場の脱衣場への入り口。そこには暖簾がきちんと掛かっていて、入ってもいい雰囲気を醸し出している。
 そろりと片手でよけた暖簾をくぐり、脱衣場へ行くと、そこには誰の姿もない。
 貸し切りだな、となんとなく喜んだ瞬間、大浴場へのドアの向こうからカーン! カラカラカラ……と風呂桶か何かが落ちるような音が聞こえた。

 その音はここ数日幾度となく聞いた音だ。
 濡れた手だと、桶が滑りやすい。桶を床に落とすと結構盛大な音がする。それも音が響きやすいお風呂場だとなおさらだ。

 誰かがもうすでに入浴しているのだと覚り、ほっと安堵の息をつく。先客がいるならば、大浴場が開放されていることが確定した。

 キョロリと見回せば、1つだけ、ロッカーの鍵が無い。
 そこに、先客さんの荷物が置かれているようだ。

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 先客さんが使っているロッカーからだいぶ離れた場所のロッカーに自分の荷物を入れる。
 こういうとき、なんでだか人ってお隣さんと距離をとりたがってしまうよね、なんて考えつつ浴衣を脱いで、大浴場へ向かう。

 ドアをくぐると、いつも来ていた時より、使用者が少ないせいか、ひんやりとした空気だ。
 先客さんを視線だけで探すと、入り口から一番近い手前の洗い場に、背中が綺麗な女の人が座っていた。

 まとめあげた髪が一筋、項から落ちているのが妙に色っぽかった。

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 ち! 違う違う! 別に見惚れてないないない!
 誰に咎められたわけでもないのに言い訳をして、止まっていた足を前へ踏み出す。

 私には愛羽さんという人がいるんだから、他人がどれだけ色気があろうが関係ないはずっ。

 ひたひたとまだあまり濡れていない感じのする床を歩いて、その人の後ろを通り過ぎて、すこし離れた洗い場に座った。

 髪は洗わずに体だけをさっと洗って立ち上がり、洗い場にお湯をかけてシャワーノズルを戻すと、目当ての場所を振り返った。

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「ぁ」

 つい、思わず小さく声が出てしまった。

 だって大岩の傍の、私が気に入っていたスポットに、先客さんが居たから。

 うー、迷う。
 これだけ広い浴槽だ。あの隣に行くのはちょっと妙だ。けれどもあそこから眺めるのが一番いい。
 源泉が大岩の高い所から流れ落ちてくる感じが、先客さんが居るあたりからが一番よく見えるのだ。

 あ、ということは、あの人も同志!?
 岩眺めるのが好きだから、あの場所を取ったのかもしれない。だったらちょっと大岩について語ってみてもいいかもしれない。でもそこまで特別な思い入れがある訳でもないから、「あの岩、なんかいいですよね」くらいしか言えない。その後の会話が思いつかないし、ゆっくり岩を一人で眺められるのもこれが最後のチャンスなのに、見ず知らずの人と何分も至近距離には居たくない。

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 そんな考えをぐるぐると巡らせていると、体がすこし冷えたのか鼻がムズついた。止めることもかなわずに、「ふぇくしょいッ」と結構大き目の声が大浴場に響いて、使用客が少ない事も仇となって、木霊した。

 ――やばい恥ずかしいぞこれは……。

 この辱めの後に、人に近付く気にはなれない。あの絶好スポットは諦めるか……と足の向きを変えようとした寸前に、先客さんがこちらを振り向いた。

「大丈夫ですか?」

 口元に手をやって、笑い顔を少し隠しながら声を掛けてくれたその人の……声に聞き覚えがある。

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 ……うん?
 と妙に思いながら、照れ隠しに後ろ頭に手を遣りながら、そちらへ足を踏み出した。

「大丈夫です。すみません、静かな中であんな騒音を」
「騒音だなんて、とんでもありませんよ」

 近付くと、湯気でぼやけていたその人の顔立ちがはっきりとしてくる。
 優しい笑みを浮かべて私を見上げるように少し顎を上向かせているその人に、私はポカンと口を開けて、立ち止まってしまった。

「可愛いクシャミですね」

 お世辞を柔らかく言うその人の声に聞き覚えがあって当然だ。ここ数日毎日聞いていた声。私たちの部屋へ食事を運んでくれて、食事の世話をしてくれた、あの滝の場所を教えてくれたその人。

「仲居さん……!」

 目を丸くする私に、彼女は少し照れたみたいに「おはようございます」と爽やかに挨拶をしてくれた。

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