※ 隣恋Ⅲ~急ぐ鼠は雨にあう~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 急ぐ鼠は雨にあう 1 ~
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「ぁむ」
「ぅひあっ!?」
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”はむ”とも聞こえたような気がしたけれど、どちらかと言えば”ぁむ”が近い発音だったと思う。
でも、愛羽さんに突然背後から耳を噛まれた私は、そんな事を気にしている余裕なんて無かった。
ソファに座ってまったりカクテルのレシピ本を眺めている時に、音もなく後ろから忍び寄られ、あまつさえ、噛みつかれたら誰でも情けない上擦った声での悲鳴は出ると思う。
なのに愛羽さんは、余程私の悲鳴が面白かったのか、耳を唇で挟んだまま笑い始める。そんな状態で笑うもんだから、ダイレクトに私の耳の穴に息が吹き込まれて、思わず首を竦めた。その拍子に彼女の唇から解放された私は、体を捩って後ろを振り返りながら、赤い顔にむっとした表情を乗せた。
「もうイキナリ何するんですかっ」
私の言葉など聞いているのかいないのか。
ふふふふとまだ笑い続けている愛羽さんの細められた目の奥で、揶揄いの色がちらつく。
「Treat me or I’ll trick you.」
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「は?」
何。なんだよもう、急に英語とか、しかも外国人ばりの発音で。そんな英語慣れしてない私の耳じゃ聞き取れやしない。
思いっきり素で、聞き返してしまった。
「は、じゃなくて。Treat me or I’ll trick you.」
「あえて言いましょう。……は?」
「もー」
同じ英文を繰り返されても、分からない。トリートが……なんだって?
英語が得意ではない私は諦めて彼女に首を傾げてみせる。
そんな潔く諦めた私に頬を膨らませる愛羽さんは、可愛い。なんですかその可愛い過ぎる仕草は。
「Trick or Treat」
やはり超絶上手な発音で愛羽さんが言うけれど、その意味を理解した私はやはり思いっきり素で、聞き返してしまうのだ。
「え?」
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「Trick or Treatも分からないだなんてこの子は……」
よよよ、と顔に手をあてて泣きまねする愛羽さんだけど、それが完全なる泣きまねだと分かるし、なによりも。
「愛羽さん今日9月30日ですけど……」
続けて言いたかった「大丈夫ですか?」の言葉は飲み込む。さすがに彼女も27歳。ボケてはいないだろう。
でも言葉にしなくても私が思っていた内容は雰囲気として彼女に伝播したのだろう。泣きまねを止めて、愛羽さんは両手を腰に当てた。
「分かってるわよ。これを言うのは1ヶ月早いっていうことくらい」
そう強気に言い返してきたと思ったら、ちょっと拗ねたみたいに、口を尖らせた彼女がそっぽを向く。
「だって昨日雑貨屋さんに行ったらもうハロウィン仕様になってたんだもん」
――なんなのだろうかこの可愛いひとは。
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なるほどそういうことか、と私は得心を心の中で呟いた。
きっと、愛羽さんは昨日見たハロウィン仕様の雑貨屋さんが可愛かったのだろう。だから1ヶ月早くとも、そのセリフを言いたかった、と。まぁそんなようなところだろう。
それこそ、ちょっとした悪戯心が湧いたのではないかと思うだけで、可愛いではないか。
私はやっと、捻っていた体を元にもどして、ソファの座面に両膝を着き、背もたれに両腕をかけ体全体を彼女に向き直した。
「今はお菓子ないんで、悪戯でお願いします」
目新しいものにとびつくような子供じみた自分が恥ずかしかったのだろうか。
愛羽さんは尖らせていた唇をちょっとだけ妙に引き結んでいた。そして、そのままの顔で私の言葉には軽く目を見開いた。
彼女の心境を現す言葉を探すのならば「……ノッて……きてる……?」と言う感じだろうか?
今日がさも、そのハロウィン当日であり、なおかつ、両手を差し出し、トリックオアトリート! と言われた直後。
そんな対応をする私を予想もしていなかったのだろう。
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「愛羽さんのトリックは?」
発音が外国人の方並みに綺麗な愛羽さんみたいに「Trick」と言えないのがなかなか情けないけれど、呆気に取られている彼女の表情を見ることができたので、それで良しということにしよう。
今日が我が家はハロウィンって事だ、とばかりに、両手を広げた。
「お菓子、持ってないんですもん」
私は眉尻を下げて笑ってみせた。
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