※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 二つの封筒 12 完 ~
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頭の隅で、少しだけ、期待していた。
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そんな自分を再認識させるように、わたしの中に渦巻く喪失感。
――もっと触って欲しかった……。
なんて口には出せないけれど、わたしがそう思っていることは多分……彼女にはバレている。
見下ろしてくる意地悪な目がそう語っているんだもの。
「ね? 寸前で止められると……辛いでしょ?」
唇の端だけで意地悪に笑う雀ちゃんは、ベッドの上以外の場所では珍しい。まるで、このソファがベッドなのかと錯覚してしまいそうなくらいには、珍しい彼女を見つめて、わたしは小さく、熱い吐息を零した。
一昨日から散々、寸止めをしてきたわたしがここで「もっとして」なんて言えない。
だってこの後、雀ちゃんにはバイトの予定が控えているのだから。
喉元まで出かかりそうな「もっと」の言葉を呑み込んでいると、雀ちゃんの手が、こちらへと伸ばされてきた。
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「ねぇ愛羽さん」
頬に添えられた手は熱いくらいで、彼女の体温上昇が窺える。
「明日はもちろん、寸止めナシですよね?」
「う、うん」
ラブホテルに入ってしまえば、それはない。
滅多な事が無い限り、仕事はまーが気を遣って休日出勤がないようにしてくれるだろうし、それ以外でなにか連絡がきても急ぎでないなら、放置しようと思っているのだから。
はっきりと頷いたわたしに、満足そうな顔をした雀ちゃんは、さらに問う。
「好きにしても、いいですよね?」
と。
耳を疑いたくなるような質問――というよりは、ほぼ確認の口調だったが――をした。
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「え……っ、と……?」
「今も頑張って我慢している恋人に、何かご褒美があってもいいと思うんですが?」
「あ、明日からホテルのご飯なんでも食べていいよ……?」
「それ、愛羽さんじゃなくてまーさんからのご褒美ですね」
「おもちゃとか、買ってもいいよ……?」
「それも、まーさんからのご褒美ですね。愛羽さんからは何もないんですか?」
ど、どうしよう、なんか……詰められている。
確かに我慢は凄くさせてるし、申し訳ないとも思ってる。
だから明日、ホテルに入ったら玄関の所で彼女の耳元へ「数日間我慢させてごめんね? 今日から、好きにしていいから」と言うつもりだった。
その予定だったのだが、いざ、雀ちゃんの方から”何かする気満々”オーラを発しながら「好きにしていいですか」と確認されてしまうと、……ちょっと躊躇う。
玄関で言うつもりでもあったし、それこそ、ラブホテル特有のあの巨大なベッドに押し倒されてしまえば、「雀ちゃんの好きにしていいよ」と誘う意味も謝罪の意味も込めて、恥ずかしいけれど、わたしは口にできるとは思うのに。
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「えと……ご褒美、明日までに考えておく、じゃ……だめ……?」
完全に、逃げの一手だった。
後から考えれば卑怯極まりないのだけれど、とっさに出た言葉がそれ。
一瞬虚を突かれたような表情を浮かべた雀ちゃんは、その後可笑しそうに笑って、頬に触れていた手でわたしの頭を撫でた。
「いいですよ。じゃあ、明日の夜までに決めておいてくださいね? あと」
彼女はわたしの両手をとって、ソファから立ち上がらせた。そして、鞄の中にローテーブルに置いてあった本を入れて、手渡してくれる。
くるりと後ろを向かされて、ソファ前から廊下、玄関まで背を押されて歩く。
「今夜は早めにご飯食べて、早めに寝てください」
私はバイトあるんで添い寝できないですけど、ちゃんと睡眠、とってくださいね。とにこやかに言われる。
つまりは、今すぐ自分の部屋に帰って、ご飯を食べて寝る準備をして寝ろ、ということらしい。
「すず――」
「――明日は眠れないと思って、しっかり眠っておいてくださいね?」
肩越しに振り返って、名前を呼ぼうとしても遮って、やっぱりにこやかに告げる彼女が、なにを考えてそう言っているのかは……理解できる。
ただあからさま過ぎるその台詞に赤面して、わたしは小さく頷いたのだった。
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