隣恋Ⅲ~二つの封筒~ 1話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 二つの封筒 1 ~

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「愛羽さん、愛羽さん」

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 泥沼の中に沈め込んでいた意識を、体を揺する振動と、名前を呼ぶ声が、引き上げてゆく。
 絡みつく泥は、わたしを未だ夢の中へと引き込もうとする。
 その起きたくないなぁ……という感覚は毎日のように味わっているものの、今日は一段とそれが強い。

「愛羽さん、もう45分すぎてます」

 よんじゅ……ごふん……?
 名前以外の情報が、寝ぼけた頭に入ってくる。
 オウム返しに呟いたけれど、眠すぎるわたしの口はたぶん、音声を発してない。唇がむにゃ、と動いた程度だった。

 でもちゃんと、心の中では「よんじゅうごふん」と繰り返していて…………って45分!?

 カッと目を見開いて、布団を跳ね除けて体を起こす。

「45分!?」
「よ、よんじゅうごふん……」

 飛び起きたわたしの隣に立っていた雀ちゃんが、目を丸くして、ちょっと怯えたみたいに手を引っ込めた姿で、小さく頷いた。

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 久しぶりに寝坊した事に焦って、飛び起きたわたしからは眠気という眠気は全部どこかへ吹き飛んだ。
 そのおかげでささっと朝食の準備を整えられたので、起こしてくれた彼女とテーブルに着いたのは、7時になる前だった。

「ほんと。ごめんね」

 寝坊していたわたしを起こしてくれた恩人を、随分と怖がらせてしまったことを謝ると、彼女は苦笑を浮かべて首を横に振った。

「まだまだ睡眠時間、足りないでしょうから、仕方ないですよ」

 寝間着から着替えて、大学へ行く恰好の彼女の前でわたしはパジャマ姿。

 もうスッピンを見られたくないとか、パジャマ姿なんて恥ずかしいとか、そういう初々しい恋人の時期はとうに過ぎているので、パジャマ姿は別に恥ずかしくないけれど、彼女の万全の身支度の前に、寝坊したパジャマ姿というのが、なんともいえない恥ずかしさを生んだ。

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 朝食を終えると、雀ちゃんの「食器片付けとくんで、支度していいですよ」という言葉に甘えて、わたしは着替えを持って、バスルーム前の洗面所へと移動した。

 そういえば、まだ、彼女の目の前で堂々と着替えをするのは、まだ恥ずかしい関係なのだ、と改めて気が付く。
 わたしが着替え中に、ベランダから雀ちゃんがやってくるとかそういうハプニング的な感じで見られたことはあるけれど、彼女が居る前で、パジャマを脱ぎ捨てスーツに着替える、というのはしていない。

 ワンルームの部屋なので、隠れるところも少なくて、いつかは目の前で着替えてしまうのかと想像してしまうけれど、なんだか、その一線を越えると、恋人というよりは家族という関係に近付いてしまう気がした。

 家族にしたって、年頃になってからは親の目の前で着替えたこともない。そう考えると、わたし達の関係はどう言い表せばいいのだろう?

 ぼんやりとそんな事を考えながら、わたしは身支度を進めた。

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 洗面所で出来ることをすべて済ませて、あとはソファに座ってお化粧をするだけ。

 綺麗にしてあるキッチンを視界の端に捉えて、ソファに座って携帯電話を弄っている雀ちゃんにありがと、と微笑んだ。

「お安い御用です」
「それと、改めて。昨日は迎えに来てくれてありがと」

 いつも眠くてダラダラと準備しているわたしが、今日はあの目覚めでキビキビ動いた。そして、雀ちゃんがキッチンの片付けをしてくれた。
 そのおかげで少し時間に余裕ができたのを時計で確認して、わたしはソファに膝を着く。

 端っこに座って、ひじ掛けに凭れている雀ちゃんの首に横から両腕を回して、抱き着きそのまま彼女のこめかみにキスをすると、焦ったような声が彼女からあがった。

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「だって、昨日はろくにお礼も言えなかったから。そのお詫びと、お礼を改めて」
「じゅ、準備」
「まだへーき」

 自分の化粧に何分かかるかは、把握している。あと5分はこうしてじゃれ合っている時間の余裕はあるので、彼女の言葉を遮るように、耳に息を吹きかけた。

「それとも、わたしとこうするのは、嫌?」

 いやじゃないですけど、と雀ちゃんは口にするはずだ。いつもそうやって、照れるから、その反応が可愛くて、見たくて、こんなイタズラをしてしまう。

「ぃ、嫌じゃないですけど……!」

 ほら、予想通り。
 自分の予想が当たったことが嬉しくて、慌てたような反応が可愛くて、雀ちゃんの耳をかぷりと咥えた。
 だって、耳まで赤くして、可愛いんだもの。

 咥えた耳にちょっとだけ舌先を這わせて、解放する。
 横から彼女の顔を覗き込めば、予想よりも遥かに赤い顔で、ぶつかった視線を逸らされた。

 ――あら? 今日はとっても照れ屋さん?

 昨日迎えに来てくれたときは、とっても紳士的なエスコートを照れるでもなく当然のようにしてくれたのに。
 一晩眠るとその大人っぷりは身を潜めたのか、はたまた、二人きりというのが見栄を取り除き恥ずかしさを増長させたのか。

 そのどちらが原因かは分からないけれど、彼女はわたしから目を逸らしたのだった。

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