※ 隣恋Ⅲ~ブラジャーの日 後日談~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ ブラジャーの日・後日談(2019年加筆修正版) 1 ~
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「これ……どうしたものかしら……」
わたしが今、ベッドの上に広げて、その前に立ち、眺め下ろしているのは、下着。
つい先日、まーの買い物に付き合った日。自分で選んで買ってもらったものとは別に、彼女からプレゼントだと渡されたもの。
それもまたおかしな言い回しで、『雀ちゃんにプレゼント』と、まーは言っていたのだ。
『え? 雀ちゃんのサイズ知ってるの?』
『知らない。これは愛羽が着けるの』
はい……? わたしが着ける??
……わたしが着けるのに何で、雀ちゃんへのプレゼントなの? と、わたしが首を傾げたのは言うまでもない。
だがしかし、にやにやして何の答えもくれなかったまーに持たされた袋から出てきたのは、ブラジャーとショーツ。
柄やレースのパターンを見る限り、上下セットの物だが…………これは……過激。
かなり、過激だ。
「……」
思わず閉口してしまうくらいに過激なその下着。
辛うじて隠せるけれど、たぶん、大事な所しか隠れないほどのレースの透け具合のブラジャー。
同じく、かなり布面積のないショーツは紐で結ぶタイプ。いわゆる、”紐パン”と呼ばれる奴だ。
腕を組み、ベッドに広げたそれらを見下ろしていたわたしだけど、結論はこうだった。
「……これはさすがに着れないわ……」
やれやれと首を振る。
今になって、この下着の贈り主が『雀ちゃんにプレゼント』と言っていた意味が理解できたけれど、わたし自身がこれを着て恋人の前へ出る勇気と下心を自力で持つのは不可能と思う。
あまりにも過激すぎるもの。
しかし、返却したところでわたしとまーのサイズは違うしどうしようもない。
どうしたものかしらね……と頬に手をあて悩んでいると、家の玄関に設置してあるブザーが鳴り、わたしはビクリと肩を跳びあがらせた。
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うちのマンションの防犯設備は整っていて、1階のセキュリティロックドアをクリアしなければ、玄関前まで辿り着くのは不可能。
つまり、今、わたしの家の玄関扉の向こう側へ立っている人物は、どうにかして、マンション内へ潜り込んだのだ。
かつて……わたしの元彼がそうしていたみたいに。
「……」
瞬間的にあの頃の記憶と感情が甦り、表情が曇る。もう数ヶ月は経つけれど、簡単に記憶が薄くなるような適当な思い出ではない。
よもやまた……? や、でも宅急便か何かかしら……? けど、宅急便なら1階の操作盤でうちのインターホンを押して、在宅の有無を確かめてから6階まで上がってくるはず……。
ざわつく二の腕の肌を両手で擦りながらも、足音を消して玄関先へと向かう。
スリッパの音を立てないように気を配りながら玄関のドアスコープを覗けば…………、そこには何かを抱えた雀ちゃんの姿。
詰めていた呼吸を解放しながら安堵の吐息を零し、わたしはチェーンロックと鍵を外して、ドアを開いた。
確か彼女の今日のスケジュールは、大学とバイトだったと思う。
それらの予定を済ませ帰宅したのだろうけれど、どうして隣の自宅ではなく我が家を訪れたのかしら?
「おかえり。雀ちゃん。どうしたの、一体?」
ドアを開け、対面した彼女が抱えているのは……真っ白な蓋付の発泡スチロール。
思わずそれに視線を奪われながらわたしが問いかけると、「ただいまです。これバイト先で頂いたんですけど……」と発砲スチロールの箱を軽く持ち上げた雀ちゃん。
「愛羽さん、イカ、さばけます?」
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パチパチと数回の瞬きをするくらいに意外な質問だったが、わたしは気を取り直し、頷いた。
「イカ? うん、出来るけど?」
「よかった。申し訳ないんですけど、貰ってくれませんか? 魚はさばけても、恥ずかしながら、イカはやったことないんです」
ほっとしたよう眉尻をさげてそう言う雀ちゃん。どうやら発泡スチロールの中身はイカらしい。
そして自分へと寄せられていた期待を裏切らず済んだことに、密かに、わたしもほっとする。
イカの捌き方を仕込んでくれた母に、感謝だ。
しかし、ここでわたしがイカを頂いてしまうと雀ちゃんにもバイト先の方にも申し訳ないし……。
わたしは大きくドアを開け、彼女を中へと促した。
「イカの捌き方、教えてあげよっか?」
提案すると一瞬瞬いた瞳が嬉しそうに細まった。
そして同じく嬉しそうに頷いた雀ちゃんを室内へ招きながら、”何か忘れてるような……?”と引っ掛かりを思考の隅に見つけたけれど、子細まで正体を暴けぬまま、氷とイカが入って重たい発泡スチロールの箱をキッチンまで運んでもらったのだった。
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キッチンの作業スペースに発砲スチロールの箱を置き、ぷらぷらと手を振っている雀ちゃん。
多分、重たかったのだろう。それをバイト先からここまで抱えて戻ってきたのだ。相当、腕は疲弊し、だるいはず。あとで揉んであげよう。
「店の製氷機の氷めっちゃ入れてきたんで、痛んではないはずです」
蓋を開けないまま箱を揺する雀ちゃん。
確かに、中ではガシャガシャと氷がぶつかるような音と、液体が壁にぶつかりぱちゃんと跳ね返る音が聞こえた。
発砲スチロールは保温性に優れ、それだけの冷環境にあるのなら、イカの品質も大丈夫だろう。
なんでも、シャムに来るお客さんに釣りが趣味の方が居て、お裾分けをわざわざ届けてくれたらしい。
釣り人さん曰く、店の料理にでも使ってくれよ、との事だったらしいのだが、流石に、それを店の商品として出す訳にはいかず、スタッフで分け合うことになったのだとか。
釣り人さんの善意も、店の役に立てば、という厚意も分かる。が、一般人の趣味で仕入れた物をお客様へ提供して、もし何か問題が起きてしまうと……それはなかなか、大変な事になる。
簡単に想像が及ぶ最悪の事態を避けようと考えた井出野さんの判断は、間違っていないだろう。
雀ちゃんの話を聞き、なるほどねぇと頷いたわたしは発砲スチロールを指差す。
「今、やっちゃう?」
「お邪魔じゃなければ」
「じゃあ手、洗っておいで」
壁越しに脱衣場の洗面台を指して言うと、雀ちゃんはにこにこしながら頷いて、歩いていった。
戻ってくる間に、包丁だのまな板だの、イカを捌く準備をしていると、手洗いなんて1分も掛から済んだようで、戻ってくる彼女の足音。
服のファスナーを下ろす音が少し遠い背後から耳に届き、上着を脱いだんだなと視線を遣らずに彼女の行動を把握していると、その動きが、ピタリと止まった。
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「?」
なんの音もしなくなり不審を抱き、一旦包丁を置いて振り向くとそこには、ベッドを凝視している雀ちゃんの姿。
立ち尽くす恋人に”何をしているのかしら?”と、わたしは一瞬疑問を湧かせるが、
「あっ!」
何を忘れていたのか、思い出した。
雀ちゃんとイカの登場で忘れていたけれど、あの過激な下着の処遇を考えているところだった……!!
慌てて、ベッドと雀ちゃんとの間に立って、過激な下着を背にかばって隠すようにしても、もう時すでに遅し。
がっつりと、しっかりと、5秒以上は、アレを見られた。
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「……」
「……」
――な、なんて言われるのかしら……。
ドキドキというよりは、バクバクと鳴る心臓。
や、別に、わたしが悪い事してる訳じゃないし、自ら購入した訳でもないし、経緯を説明すればなんともない事態なんだろうけれど。
でも今、この何も説明していない状態で、彼女の頭ではどんな憶測が飛び交っているのかと想像すると、怖くて口を開けない。
――で、でもちゃんと説明しなきゃ……だめ、よね……。
おそるおそる、雀ちゃんを見上げると、視線が、ぶつかった。
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あ……。……まずい……。
…………スイッチ、入ってる……。
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ひやりとする背中。
絡まった視線を外そうにも外せず、燃えるような色の瞳に捕らえられたまま、時計の秒針の音だけが、部屋に響く。
口の中が徐々に乾いていく感覚を覚えた頃、雀ちゃんが一歩、こちらへ踏み出した。
「……」
「……」
彼女も、わたしも、何も言わない。
わたしに限っては、気圧されて何も”言えない”んだけど。
近付く雀ちゃんに、物理的に体を押された訳でもないけれど、圧力を感じたわたしは一歩、後ろへ下がる。
するとその動作だけで、雀ちゃんの目が、更に変わった。
獲物を狩る獣のような、鋭くて、逃げられない目。
ゾクとする反面、その目を見た後にはどんな行為が待っているのか。経験で知っているわたしは、じんと腰の奥が僅かに痺れた。
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自分の心音だけが大きく聞こえ、さっきまではあんなに大きく感じていた時計の秒針の音が聞こえなくなった頃。
「それ、誰のですか?」
やっと口を開いた雀ちゃんの問い掛け。
彼女が「それ」と指し見下ろすのは、例の、過激な下着。
誰の、と問われるとわたしの物だけれど……それを告げてしまえば、多分……いや間違いなく、雀ちゃんは動き出す。
でもアレは自分で購入した物ではない。だけどわたしの物ではある。
長い説明をどう簡潔にしようかと悩んでいると、彼女はまた、一歩、こちらへ踏み出してくる。
わたしが同じように一歩分足を引けば、ガツ、と踵がベッドにぶつかり、まるで膝カックンを受けた時みたいにバランスを崩して、勢いよくベッドに座り込んだ。
そうすると彼女との身長差がより大きくなり、見下されている感覚が際立つ。
体を支える為後ろ手を着いたそこに、下着の生地を感じる。
な、なんでこんな下着一枚でここまで窮地に立たされているのよと内心叫びたいくらいだったが、恋人にもう一度、同じ質問をされたわたしは、口籠って視線を泳がせてしまった。
もう、そんな様子見せてしまえば、「わたしの物です」と告げていると同義だが、雀ちゃんはもう一度だけ、わたしに尋ねた。
「愛羽さん。それは、誰の物ですか?」
ジリと焦がすような視線に耐えきれず。
名を呼ぶ声音にほんのりと混和された媚薬を無視できず。
わたしの中に、快楽への期待が、咲く。
「……」
「愛羽さん」
帰ってきた時よりも、確実に低くなった声質に促されて、薄く開く唇。
こくん、と唾を飲んで、息を吸って。
告げる答え。
「……わたしの……です」
認めた事実に今更ながら、羞恥心が膨らんで、雀ちゃんの視線から逃げるように俯いた。
どうして今「わたしの物だけど、まーにプレゼントされただけなの!」と説明をしなかったのか。
その理由はきっと、恋人の熱と欲望を孕んだ瞳にあるんだろうけれど。
それでも、この後の展開を決める一言を放ったのは自分。
その事実に、羞恥がふつふつと、沸騰していった。
彼女から視線を逸らしているわたしに降ってきた言葉は耳を疑う内容だったけれど、雀ちゃんは至って平然としている。
それ以外の行動はないよね、とばかりだ。
「今すぐ、それを着てください」
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