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なかなか寝付けない夜の翌日はやはり、講義中に居眠り。
シャーペンの跡がついた頬を笑われ、早く痕が消えればいいのにと撫でながら大学を出て、バイト先へ向かう。
今日はどんなお客さんがくるかな?
なんにせよ、早めに終わればありがたい。
私は欠伸をもらしながら、バスに乗り込んだ。
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「ただいま……っと」
誰も居ない真っ暗な部屋に挨拶をして、手探りで電気をつける。
バイトは特に変わったお客さんも来なかったし、そこまで忙しくもなかった。だからシフト通りの時間であがって帰って来れたのだが、時計を見ればもう24時に近い。
さっさと風呂に入って寝よう……ってああ!? 明日までのレポート! やっべぇやってない……!
「うっわ……もー……最悪だ」
なんでよりにもよって、明日までのレポートを忘れてたんだよ……、どうしちゃったんだ自分。
我ながら、そういう提出物は忘れたりしないタイプだと思うんだけど、そんな自分がレポートを忘れてしまうような事が最近あっただろうか。と、考えてすぐに思い当たる節があって、私は喉奥で唸った。
「……」
チラ、と右隣の部屋との境の壁に視線をやって、でも、特に何か言葉を発するでもなく、私は鞄を肩から下ろした。
……風呂。
とりあえず風呂に入ろ。
レポートの提出期限を忘れるような馬鹿な頭には、水を被せた方がいい。
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水シャワーを終え、私は早速勉強机に向かった。
流石に、忘れていたから提出しないなんて極悪な行動はとれない。眠いけれども、仕方ない。
レポートが終わるまでどのくらい時間を要するかも分からないが、バイトで疲れた体に鞭を打って、私は椅子に座り直したのだった。
「ん。んんーーっ」
大きく伸びをして、イスの背に反り返る。
背骨がぼきぼきと音を立てて、どのくらい同じ姿勢でいたのかと時計を見れば、2時半を針は指している。
「2時間もかかった……」
11ページにわたるレポートをホッチキスで留めて、鞄に突っ込む。
朝はいつも携帯電話のアラームで起きるけど、念のために、机の上にある置き時計のアラームもセットしておく。
ここまで頑張ったのに講義に遅刻したら水の泡だ。
「疲れた……」
眠い目を擦り、ベランダのカーテンをざっと開ける。
すこし欠けている月だ。
満月までもう少し。
丸くて、黄色いそれを見ていると、うさぎも杵も浮かび上がってみえてくる。
他にも、女性の横顔だとか、色々な説はあるけど、そんなもの見る人によって違うだろうし、なんならたまに、私はあれが目玉焼きに見えて仕方ない時がある。
そんなことを考えていると、腹が減ってきた。
だけど、今から何かを食べるのも、準備が面倒だ。
「……ひさびさに」
さすがに、この時間なら寝てるだろう。
私は瓶ビールを冷蔵庫から取り出すと、意気揚々とベランダへ出た。
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キンキンに冷えた瓶が指先に痛いくらいだが、その冷たさを唇にも、口内にも、そして食道にも感じるのはもう快感としか言いようがない。
「……っくぅぅ……ッ!」
イイ!
やっぱイイなぁ月の下で飲む瓶ビール!
美味い。
たまらん。
ホント、たまんない。
半分程を一気に飲み干した私は、ベランダに置きっ放しにしている折りたたみ椅子に腰掛けて、首を左右に揺らす。さっきレポートが終わった時にも背骨はぼきぼきと鳴ったけど、そと似たような音が、首からも数回鳴る。
ついでに、欠伸も。
こんなふうにビールを飲んでいる暇があるなら、さっさとベッドに入った方がいいかもしれない。
「……早く寝よ」
残った瓶の中身を飲みつつ、椅子から立ち上がる。と、ベランダの隅に白いものがあることに気付いた。
なんだ?
虫? ゴミ?
いやでも大きさ的に、虫ではないよな。
なんて思いながら警戒しつつ近付くと、白い物体は紙だった。
こんな所に紙が何故? と片眉を浮かせれば、さらにその紙の他にも、物がある事に気付く。
握り込めば手ですっぽり覆い隠せてしまいそうな大きさのビン。
それはコンビニとかでよく見かける栄養ドリンク的な奴だ。
外装が黒い栄養ドリンクの蓋のところに貼り付けられた白い紙。そこには文字が書いてあった。
『頑張りすぎないように。金本より』
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「店長ドリンクだ……」
思わず呟き、手に取った金本さんからの差し入れの栄養ドリンク。
バイト先の店長が好んで飲むやつ。スタッフの間では、通称・店長ドリンク。
飲んでみたいとお願いした事があるけど、「高いんだから駄目」とピシャリと言われた。
私は知らず知らずのうちに、紙に乗っている文字を撫でていた指を止める。
「なんでこんな……。……、ときめくじゃんか」
あんまり、優しくしないで。金本さん。
紙に書かれた文字にすら、ときめく自分がいるから。
「……」
前髪をくしゃっとかきまぜて、私は両手に、大きな瓶と、小さな瓶とを握り、部屋に入った。
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