隣恋 第7話 なかなか寝付けない夜の翌日

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 なかなか寝付けない夜の翌日はやはり、講義中に居眠り。
 シャーペンの跡がついた頬を笑われ、早く痕が消えればいいのにと撫でながら大学を出て、バイト先へ向かう。

 今日はどんなお客さんがくるかな?

 なんにせよ、早めに終わればありがたい。

 私は欠伸をもらしながら、バスに乗り込んだ。



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「ただいま……っと」

 誰も居ない真っ暗な部屋に挨拶をして、手探りで電気をつける。
 バイトは特に変わったお客さんも来なかったし、そこまで忙しくもなかった。だからシフト通りの時間であがって帰って来れたのだが、時計を見ればもう24時に近い。
 さっさと風呂に入って寝よう……ってああ!? 明日までのレポート! やっべぇやってない……!

「うっわ……もー……最悪だ」

 なんでよりにもよって、明日までのレポートを忘れてたんだよ……、どうしちゃったんだ自分。
 我ながら、そういう提出物は忘れたりしないタイプだと思うんだけど、そんな自分がレポートを忘れてしまうような事が最近あっただろうか。と、考えてすぐに思い当たる節があって、私は喉奥で唸った。

「……」

 チラ、と右隣の部屋との境の壁に視線をやって、でも、特に何か言葉を発するでもなく、私は鞄を肩から下ろした。

 ……風呂。
 とりあえず風呂に入ろ。

 レポートの提出期限を忘れるような馬鹿な頭には、水を被せた方がいい。



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 水シャワーを終え、私は早速勉強机に向かった。
 流石に、忘れていたから提出しないなんて極悪な行動はとれない。眠いけれども、仕方ない。
 レポートが終わるまでどのくらい時間を要するかも分からないが、バイトで疲れた体に鞭を打って、私は椅子に座り直したのだった。 

「ん。んんーーっ」

 大きく伸びをして、イスの背に反り返る。
 背骨がぼきぼきと音を立てて、どのくらい同じ姿勢でいたのかと時計を見れば、2時半を針は指している。

「2時間もかかった……」

 11ページにわたるレポートをホッチキスで留めて、鞄に突っ込む。
 朝はいつも携帯電話のアラームで起きるけど、念のために、机の上にある置き時計のアラームもセットしておく。

 ここまで頑張ったのに講義に遅刻したら水の泡だ。

「疲れた……」

 眠い目を擦り、ベランダのカーテンをざっと開ける。
 すこし欠けている月だ。

 満月までもう少し。

 丸くて、黄色いそれを見ていると、うさぎも杵も浮かび上がってみえてくる。
 他にも、女性の横顔だとか、色々な説はあるけど、そんなもの見る人によって違うだろうし、なんならたまに、私はあれが目玉焼きに見えて仕方ない時がある。
 そんなことを考えていると、腹が減ってきた。
 だけど、今から何かを食べるのも、準備が面倒だ。

「……ひさびさに」

 さすがに、この時間なら寝てるだろう。
 私は瓶ビールを冷蔵庫から取り出すと、意気揚々とベランダへ出た。



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 キンキンに冷えた瓶が指先に痛いくらいだが、その冷たさを唇にも、口内にも、そして食道にも感じるのはもう快感としか言いようがない。

「……っくぅぅ……ッ!」

 イイ!
 やっぱイイなぁ月の下で飲む瓶ビール!

 美味い。
 たまらん。
 ホント、たまんない。

 半分程を一気に飲み干した私は、ベランダに置きっ放しにしている折りたたみ椅子に腰掛けて、首を左右に揺らす。さっきレポートが終わった時にも背骨はぼきぼきと鳴ったけど、そと似たような音が、首からも数回鳴る。
 ついでに、欠伸も。

 こんなふうにビールを飲んでいる暇があるなら、さっさとベッドに入った方がいいかもしれない。

「……早く寝よ」

 残った瓶の中身を飲みつつ、椅子から立ち上がる。と、ベランダの隅に白いものがあることに気付いた。

 なんだ?
 虫? ゴミ?
 いやでも大きさ的に、虫ではないよな。

 なんて思いながら警戒しつつ近付くと、白い物体は紙だった。
 こんな所に紙が何故? と片眉を浮かせれば、さらにその紙の他にも、物がある事に気付く。
 握り込めば手ですっぽり覆い隠せてしまいそうな大きさのビン。
 それはコンビニとかでよく見かける栄養ドリンク的な奴だ。

 外装が黒い栄養ドリンクの蓋のところに貼り付けられた白い紙。そこには文字が書いてあった。

『頑張りすぎないように。金本より』



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「店長ドリンクだ……」

 思わず呟き、手に取った金本さんからの差し入れの栄養ドリンク。
 バイト先の店長が好んで飲むやつ。スタッフの間では、通称・店長ドリンク。
 飲んでみたいとお願いした事があるけど、「高いんだから駄目」とピシャリと言われた。

 私は知らず知らずのうちに、紙に乗っている文字を撫でていた指を止める。

「なんでこんな……。……、ときめくじゃんか」

 あんまり、優しくしないで。金本さん。

 紙に書かれた文字にすら、ときめく自分がいるから。

「……」

 前髪をくしゃっとかきまぜて、私は両手に、大きな瓶と、小さな瓶とを握り、部屋に入った。



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