隣恋 第5話 頭から冷水のシャワーを

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 頭から冷水のシャワーをかぶりながら、声に出さず、呟いてみる。

 愛さん。

 愛さん。

 愛さん。

 抱きつかれた温もりも、拗ねたような言葉も、支えてくれた細い指も、意地悪そうな目も、頭を撫でてくれた手も。
 全部が全部、私を惹きつけてやまない。

 ギシアンを聞き始めた頃は、まさか、こんなに好きになるなんて思わなかった。
 こんな作り話みたいな展開、急すぎるし、無茶がある。
 

 ぼたぼたと鼻の先からシャワーの冷水を滴らせながら、私は自嘲するように唇の端を上げた。

「なんでこんな好きになってんの」

 駄目だと思えば、その分……いやそれ以上に、彼女の事を考えてしまう。
 実際彼女に会ってしまうと、彼氏が居るかもしれないと理解しているのに、ときめいて、余計惹かれていく気がする。

 現に、下の名前で呼ばせてもらえた事に、少なからず喜びを感じている。

 ギシアンな仲の彼氏がいる人を欲しがるだなんて。
 横恋慕するなんて、どれだけ性悪なんだ自分。

 自己嫌悪に、へこむ。

 私は少しだけ、シャワーでごまかして、泣いた。



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「もう、結構経つんだな」

 冷え切った体を湯船で温めながら、湯気で曇る視界を瞼でシャットアウトする。

 高2の夏、親しかった友人を失った。

 亡くなったわけではない。
 友好関係が一切無くなっただけ、と言ってしまえばそれだけだが、中学からずっと一緒だった友人を失うことは、あの頃の私には多大なダメージだった。
 クラスメイトも、夏休み前まで毎日一緒にいた二人が、夏休みを終えて一切口をきかなくなっていれば、心配や好奇の目を向けてきた。中には、仲直りさせようと試みてくれる友人もいたが、ことごとく失敗した。

 彼女の好きな人に横恋慕した私を、あの子が嫌悪していたから。心の底から。

 今でも思い出せる彼女のギラつく瞳。
 本能的に感じる危険とはこういうものか、と理解したのはあのときが初めてだった。

 記憶にチラつく鋭い瞳を思い出し、熱い湯の中で私の肌は粟立ち、腕をさする。

 私は数年前の記憶と愛さんへの恋心を、胸の奥の奥に、押し込んだ。



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 翌日から、できるだけ1限目の講義は取らないよう、夜はベランダに近づかないようにした。

 会うのが、怖かったから。
 横恋慕は駄目だと理解してても、私のエロ心…いやいや恋心は暴走しがちだから。

 やっぱり横恋慕は、よくないんだ。うん。

 たぶんまだ、引き返せる位置だ。

 このまま接触せず、時間が経てば、恋心は薄れる。

 忘れられる。

 そう信じて、私は月見酒をも封じ、ソファでビールを飲む習慣をつけた。



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