隣恋 第21話 駄目だ……。

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 駄目だ……。
 なんかあの二人に任せてたら大変なことになる気がする。

 その夜、自宅のベッドを背もたれにフローリングへ座り込んで、私は頭を抱えた。

 自分でなんとかするしか……ないのか。
 いやでも自分でって言っても、避けられてるんだから接触して解決のしようが……ない、か……。

「ぐぬぬぬ……」

 唸ると同時に、インターホンが鳴った。

「誰……」

 宅配便? 勧誘?
 今は前者であったとしても「結構です」って気分なんだけど……。と思いつつも、立ち上がる。もし後者ならばTVモニターで応答すらしないでやろう。
 悩み疲れでげっそりしたままインターホンのTVモニターを覗けば、そこに映し出されたのはにこやかに手を振るまーさんだった。



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「いやー急にごめんねー? 今日はバイトとかじゃなかった? あ、ハイコレ手土産ね」

 金本さんのお友達というなんとも無視の出来ないポジションにいる彼女が6階まであがれるようセキュリティドアのロックを解除。私の部屋のブザーを鳴らされたので玄関を開ければ、相変わらずよく通る大きな声で元気よく喋る。そして、箱を手渡された。
 どうやら以前「手土産持参で」と言ったのを覚えていたようで、お菓子が入ってそうな箱を頂いてしまう。
 わざわざ用意してくれたのは申し訳ないなぁ。でも受け取らないのも失礼だろう。

「ありがとうございます。また金本さん、いないんですか?」

 うちのインターホンを押したということは、隣に金本さんが居なかったという事だろう。
 でも、まーさんは「んーや?」と言いながら首を横に振る。

「ちょっと愛羽には内緒でね、すずちゃんに御用時」
「へ? 私ですか?」

 自分を指差して、瞬きをした。
 うんそう、とにこやかにするまーさん。

 な、なんだ……?
 御用事とか、改めて言われると怖いんだけど……。しかも最近金本さんに避けられている存在である私に御用事って……もしかして「うちの愛羽にヘンな事したでしょ!?」とか言って攻められるんだろうか……?
 そうだったら嫌だなぁと思いつつ、

「とりあえず、座りますか」

 親指で廊下の奥を差した。



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 ローテーブルを前にして、ソファに並んで座る。3人掛け用なので、間をちょっと空けて、端と端に着席って感じ。
 互いの前にはコーヒーと、まーさんの持ってきてくれたお土産のクッキー。

 一口コーヒーを含み、喉を潤したまーさんはいつもの飄々とした雰囲気を消して、真剣な表情で口を開いた。

「最近ね、愛羽が元気ないの。何か、変わったことあった?」
「……」

 まーさんの問いかけが耳に入って脳みそに届いた瞬間、なんというか……。
 どきっ、でも、グサッ、でもないザクキーン! みたいな擬音で、心にナイフが突き刺さった。

 やっぱり。
 やっぱり……。
 元気ないって……。

 やっぱり……この間のこと気にして……?

「心当たりあったりする? 例えばそのー……変な男がマンションの前にいるとか」
「は? 変な……男?」

 お、男?
 変な店長じゃなくて?



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 金本さんがシャムに来てくれたあの日、店長に辛辣な言葉を投げつけられてから金本さんに避けられるようになった。
 だからまーさんが「男」と口にしたので、私の目は点になったのだ。
 だがそんな私を他所に、

「そう! 黒くてサラサラヘアで、エロ目な男!!」

 とまーさんは言う。
 物凄く具体的な人物像だから、知り合いか何かなんだろうか?

「いや……そんな人は見たことないですけど……?」

 私に聞くという事は、このマンション周囲でその「黒くてサラサラヘアで、エロ目な男」が現れている可能性があるということだろう?
 でも、そんな人物は見かけない。
 まぁ……私は大学とバイトを両立させていて、朝8時に家を出て帰ってくるのは夜の10時過ぎとかザラにある。だから在宅時間が短いのでその男性と出くわす確率も低いだろう。

 しかし……まーさんの口調は怒った感じだ。私が「見た事ない」と告げてからは腕を組んで「ぅーんぬ……そうか……」と低い声で唸っているが、その男性が過去に、金本さんに何かしでかしたのか?

 気になるけど、根掘り葉掘り聞くわけにもいかない。
 だから試しに、目下の問題について、私は尋ねてみた。

「まーさんは、その男の人のせいで金本さんが元気ないと思うんですか?」

 店長とか私が原因じゃなくて……? と口には出せないが、心の中で思う。
 彼女から元気を奪った心当たりはとてもあるから。

「それが良く分からないのよ。今回はハッキリ言わないし、相談もナシ。あたしが知る限り、愛羽が元気をなくす原因として考えられるのは、その男くらいしかないのよ」
「……そうですか」
「何か知らない?」
「……いえ」

 首を振ると、まーさんは鼻から息を抜きながら「ふーむ」とまた唸った。随分と金本さんの心配をしているみたいだけど……、会社とかでもそんなに元気、ないのかなぁ……?
 まーさんは顎に指をかけて、少し俯きがちにぶつぶつと呟く。

 
「んー……でもすずちゃんが見たことないんだったら……いやでもすずちゃんが居ない時間に押しかけて……いや会社っていう線もなくはないけど……」

 え゛……ちょ……それ……って。
 まーさんの呟きから察するに、マンションに来てるかもしれない上、会社にも来てるかもしれない「黒くてサラサラヘアで、エロ目な男」って……所謂……ストーカーってやつじゃないのか……!?



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 金本さんにストーカーが付きまとっているかもという事実を知らされた衝撃に気圧された。そして、金本さんがシャムでどういう目にあったのかを知っているし、店長の辛辣な言葉から守れなかった罪悪感で、結局、言えなかった。
 私が原因かもしれないです、なんて……。あんなに金本さんを心配しているまーさんに言えない……。

 そうこうしていると、

「ま、何かあったら連絡してね」

 名刺を置いて、まーさんは帰って行った。

「何かあってからで大丈夫なのか……?」

 名刺にあったメールアドレスと番号を、自分の携帯電話のアドレス帳に登録しながら口をへの字に曲げる。
 でも、なにもない段階で、その男性に忠告とかするのはまずいよな……なんて役に立たない警察みたいな考えを巡らせる。

「危なそうだったら……助ければいいの、かな……?」

 ――避けられてても……助けるくらいなら大丈夫かな。

 ひどく自虐的な思考に我ながら苦笑して、私は名刺をしまうのだった。



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