◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「避けられてる?」
声のトーンを跳ね上げた店長に、私は渋い顔で頷いた。
「すーちゃん、なんかやったんじゃないの? ベランダであの穴から下着ドロしたとか凝視したとか」
「しませんよ! そんなこと!」
店長じゃあるまいし。と嫌味のつもりで付け足してやった。
「アタシが興味あるのはハルだけよ。ハルが裸ならそれでいいし、セクシーランジェリー付きならそれはそれで美味しく頂けるけど?」
「……」
店長に口で仕返ししようなんて考えた私がバカだった……。
溜め息をつく私に、店長はニヤリと笑う。
甘いわよ、と言われている気がした。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「で? 本当に心当たりはないの?」
「ないですよ。店長の嫌味くらいしか」
金本さんが2回目にシャムを訪れてくれた日、スタッフルームで店長が放った正論という皮を被った猛攻撃。
「あれで避けられてるんだとしたら、どーしてくれるんですか!? かれこれ、1ヶ月は顔も合わせてないし話してないんですよ!?」
「すーちゃんがあの後押し倒さないからいけないんでしょう? 欲望のままに動きなさい、欲望のままに」
「社会人が言うセリフですかそれ!」
「学生のくせに、後のこと考え過ぎなのよすーちゃんは」
大人の余裕を纏った上で大人としてその発言はどうなのと思うような店長に、がるるるる……と食ってかかる。
だって店長が「金本さんが誰を好きなのかハッキリさせろ」っていう目標定めたんじゃんか!
あれで諦めるの諦めたんだから、まったくホントにどうしてくれるんだよこの中途半端な状況! って感じだ。
だからこんなに店長に噛みついているのだが、私と店長の間にスッと手が割って入ってきた。
「ほらー、ケンカしないの。せっかく雀ちゃんが遊びに来てくれてるんだから怜は大人しくしなさい」
遥さんが言うと、店長はなにか言いたげにしたものの、ソファにどっかと座り直してコーヒーを啜りはじめた。
自分の恋人が大人しくなったのを確認した遥さんは、同じくコーヒーを一口飲んでから、私に尋ねる。
「本当に避けられてるの?」
気のせいじゃあなくて? と遥さんが言うけど、私は首を振る。
「私が廊下歩いてると絶対出てこないんです。私が部屋に入ると、出て行く。それに、エレベーターだって一緒に乗ろうとしないし。他にも色々思うところはあります」
「んー……そうなの」
遥さんは片手を頬にあて、考え込む仕草。だがそれも数秒で解除して、店長に目を向けた。
「貴女なにか失礼なことしたの?」
「したようなしてないような」
「怜」
にーっこり、遥さんが笑った。
「……。……。……金本さんの行動を挙げ連ねてみた」
「もー。怜は言葉がキツくなるんだから気をつけなさいっていつも言ってるでしょう?」
「……悪かったわよ」
「わたしに謝ってどうするの」
遥さんが首をふると、店長は私の方を向いた。
「悪かったわ」
「私に謝ってどうするんですか」
店長が猛攻撃したのは、遥さんでも私でもなく、金本さんだ。
謝るのなら、金本さんに、だ。
だが店長は思いっきり、嫌な顔をした。
「金本さんに謝るのはイヤよ」
「それは同感ね」
え!? 遥さん!? 味方だと思ってたのになんで……!?
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「は、遥さん? 店長説得してくれるんじゃないんですか?」
焦る私の言葉に、二人は顔を見合わせて、
「でも」
「ねぇ?」
とか言い合ってアイコンタクトを交わしている。
「すーちゃんを泣かせた人だもの」
「10回以上はその子に泣いてもらわないと」
「な、泣いたってあんなちょこっと鼻水出したくらいじゃないですか……っ」
二人ともいつまで経っても、あの日私がここで数滴の涙を流した事を言うんだから! もう忘れてくれてもいいのに。
あんなの泣いたうちにも入らない、と私が言うのに、二人は相変わらず息ぴったりに、
「駄目」
と言う。
「その金本さんって子が落とし前をつけるまでは、許さないからね? わたし」
落とし前って……遥さん!?
涼しい顔してナニ言ってるんだ!?
「10倍返しは当然よ。アタシの可愛い部下を泣かせたんだから。この間のでも足りないくらいだと思ってるんだから」
い、いや「可愛い部下」って所とかは嬉しいんだけど……。
この二人が本気でかかると……私と金本さんの溝は果てしなく広がる気が……。
それに何より、私は金本さんを泣かせたくはないんだけど、という主張をしたが、聞き入れてもらえたのかどうかは、怪しい所だった。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
コメント