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嫌そうな顔をしたすーちゃんを放って、アタシは動いた。
「いらっしゃいませ」
二人がカウンター席に落ち着いたのを見計らって、正面へ立ち、見下ろす。
一人は、金本さん。もう一人は随分と背の高い女性。アタシも女にしては背のある人間だが、そのアタシよりも高い。そしてその高身長を気にかけず5センチ以上のヒールを履いている。
以前すーちゃんのマンションの廊下で金本さんと鉢合わせたときも彼女は背が低いと感じた。が、今店に入ってきた瞬間の景色では更にその印象を強めた。
この二人が会社の同僚などであればきっと、さぞ、金本さんは他社員から「小さい人」という印象を持たれることだろう。
男は特に、背の低い女を可愛がる傾向にあるし、金本さんの顔立ちは男好きする類の物だ。
計算で上背のある同僚と仲良くなったのであるならば、このオンナ……。
なんて事を考えつつ二人を見比べること2秒。金本さんは、見事に顔を歪めた。
どうやらあの夜、バトルしたアタシの顔を覚えてくれていたみたいね。
「こんばんは。店長の井出野怜と申します」
「あーこんばんは。店長ってことは、マスター?」
「ええ。そうなりますね」
「いでのマスター! おいしいの1杯!」
「かしこまりました」
この背の高い子は元気ね。……というかこの二人、今夜の1軒目はもう済ませてきたらしい。
べろべろではないものの、酔っている人間特有の雰囲気がある。
まぁ、金本さんはアタシの顔で酔いも覚めたって感じだけど。
「そちらは、どうされます?」
「……じゃあ、キツイので」
「かしこまりました」
キツイのひっかけて、さっさと酔いたいわけね。
憮然とした表情を取り繕いもせずオーダーをする金本さんのカクテルは……。
たっちゃんに作ってもらおうかしら。すーちゃんは向こうの端でもたもた片付けしてるし。
「里山」
「はい」
さすがに、お客の前で「たっちゃん」とは呼べないので苗字で。
仕事の出来る男は話を聞いていたらしく、アタシの傍へ来るとスコッチのボトルを手に取った。
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「お待たせしました」
金本さんには、スコッチウィスキー、ドランブイ、オレンジビターズを、ミキシンググラスにいれ、ステアする。角底カクテルグラスに注いだスコッチキルト。
背の高い彼女には、ウォッカ、ピーチリキュール、グレープフルーツジュース、パイナップルジュース、ブルーキュラソーをシェークして、カクテルグラスに注いだガルフストリーム。
「おー綺麗な色」
「ガルフストリームです。メキシコ湾流という意味で、南国の海の色をイメージしています」
青緑色のそれのアルコール度数はあまり高くない。
ゴキゲンでもう出来上がっている彼女には、アルコールを追加投与するのは良くないと判断したので、さらりと飲めるものを用意した。
一見さんの彼女たちの酒の許容範囲をアタシは知らない。本当ならば水の1杯でもそれぞれに飲ませたいくらいだが……まぁ、ガルフストリームくらいならば平気だろう。
だが。
「スコッチキルトです。スコットランドの民族衣装をイメージしています。キツイので気を付けてください」
たっちゃんが注意するように、まろやかな口当たりでも、金本さんへお出ししたカクテルのアルコール度数はかなり高い。
普通、一見さんには軽いものから出して、飲むペースを探る。そうして無理のない楽しいお酒を提供するものだと里山も教育したはずなのに……。
―― 初めましてに、初っ端からなんつーものを出すのこの子は。
たっちゃんを咎める眼で見れば、なんとも言えない眼をされた。
渋い色で、すーちゃんとカウンター席の二人をちらちらと見比べて、溜め息を吐くようゆっくり閉じる瞼。
暗に「雀さんにカンケイある人を彼女に無断で連れてきたでしょう」とアタシの方が逆に咎められている。
人間に対して好き嫌いの激しいたっちゃんはやけにすーちゃんを気に入っている。だから彼女が痩せてからは随分と気に掛けて甘やかしているので、この反応なのだろう。
にしても、この一瞬で全てを覚るとは……、このガキ察しが良すぎるから助かるけどたまに困るのよ。
まだのろのろと片付け作業をしているすーちゃんへ視線をやってから、アタシはたっちゃんに”仕方ないでしょ”と云わんばかりに肩を竦めておいた。
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それから金本さんはチビチビと。
背の高い彼女はすぐに杯を空にした。
金本さんに至っては随分と美味しくなさそうにグラスを傾けていて、味の好みに合わなかったというよりはやはりアタシが目の前に居るから美味しく感じない、といった様子。
にしても、すーちゃんがこの二人の前へ姿を現さない事にはどうにも、話は進まない。
無理矢理にでも引っ張ってきてやろうかしら、と強引な策について思案していると、奥のテーブル席で飲んでいたカップルが会計の合図を奥ってくる。
すぐさまたっちゃんが動いてくれて、二人の相手はアタシのみ。
来るなら今よ。
奥に目配せすると、渋るようにすーちゃんの表情が強張った。
まったくこの子は……。
どれだけお膳立てさせるつもりなのかしら。
「マスターおかわりぃ!」
「同じものを? それとも、他になにかお作りしましょうか」
「んーと、じゃあ他ので」
空の杯をコースターごとこちらへ押し出す背の高い彼女から承ったオーダー。
奥に人がいると分かるように、アタシは首だけで振り返って指をちょいちょいと曲げ、呼んだ。
「安藤、お作りしてさしあげて」
「……はい」
もうこれは逃げられないと覚悟を決めたのか、頬をパンと叩いて気合を入れたすーちゃんがこちらへ歩み寄ってきた。
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