隣恋Ⅲ~湯冷めた頃に~ 1話


※ 隣恋Ⅲ~湯冷めた頃に~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 湯冷めた頃に 1 ~

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「ちょ」

 っと待って。なんて、言わせてもらえなかった。

 口を、雀ちゃんの唇に塞がれて。

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 いつもより強引なキス。嫌じゃないどころか、普段優しいキスから始まる事が多いせいで、妙にドキドキして、自分がちょっと人とは違う性癖を持っているのかしら、と危惧してしまいそうな考えすら湧きそうになるくらいは、良かった。
 でも、違う違う。至って普通よ。ほんとに。壁ドンされた的なドキドキ感よこれは。

 なんて言い訳みたいな事を考えている間に、わたしの背中でプチ、と音がした。

「んっ」

 唇を重ねたまま、思わず声を漏らす。だって、雀ちゃんの手が早い。こんな段階でブラのホックを外すとか。しかも、服の上から。

 声をあげた拍子に驚きもあいまって、思わず開けた瞼。
 視界にあるのは、彼女の閉じられた瞼と長い睫毛と前髪。相変わらず長い睫毛が、マスカラを欠かせないわたしからすると、とても羨ましい。

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 まぐ。と彼女の唇に啄まれて、いつもの習慣で合わせるように啄み返す。そんな事をすれば、これから”する”ことに合意したのと同じだと気が付いたのは、雀ちゃんの舌がわたしの下唇をスルリと撫でた時だった。

 ――ま、まだお風呂も入ってないのに…っ。

 それがまず第一に頭に浮かぶ。
 だって、わたしまだスーツだし。

 取引先の人との会食を終えて、さっき帰ってきて、疲れたから雀ちゃんの顔でも見にいこーと軽く思ってベランダから彼女の部屋へ入ったら、瓶ビールを3本も空にした彼女がいたのだ。
 赤ら顔で気持ちよさそうに酔っ払っている雀ちゃんが腰掛けているソファの前の、ローテーブルには、夕食をとったであろう空のお皿と、おつまみが申し訳程度に残っているお皿。そこに空瓶3本と、飲みかけでまだ中身が半分くらいある瓶。

 酔っ払いに「片付けなさい」と言って彼女が手を滑らせても仕方ないしと、ジャケットを脱いでソファの背もたれに掛けて、シャツを腕まくりしてもう必要でなさそうなお皿と空瓶をキッチンのシンクまで運んだ。
 その帰りに冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注いで、雀ちゃんの前のテーブルに置き、彼女の隣に座って、5分後。ブラのホックを外された訳である。

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 お風呂なんてまだだし、今日は会食があっていつもより長く労働してきた訳である。だからつまり、いつもより余計に汗をかいている訳である。

 つまりつまり、お風呂に入りたい。

 ゆっくりと下唇を這う雀ちゃんの舌に翻弄されそうになる。
 強引なキスのあとに、そんなふうに優しくされるとコロッと靡いてしまいそうになるけど、駄目。だめだめ。
 女としての恥じらいというものがある。

 雀ちゃんは酔っているから、上手く言って止めさせることは可能なはず。

 わたしは唇を結んだまま、手をもちあげ、彼女の左の二の腕あたりの服を掴んだ。軽く引いて、そちらへ注意を逸らす。
 その隙に唇を離す。

 ……つもりだったのに。

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 二の腕を掴んだ一瞬後だったと思う。
 雀ちゃんの右手がわたしの後頭部を捕らえて、くしゃりと指を曲げるようにして髪を撫でた。

 まるで髪を掴むみたいにして撫でられたその感覚。

 手のひらで後頭部を支えられ包み込まれた安心感と、それと相反する、縋るような、強く求められるような情動。

 ゾ…ク、と抑えきれなかった悦が、電気となって走り、背筋を痺れさせる。

 思わず、意図せず、唇が薄く開いて、吐息が零れた。

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 それを見逃すほど、わたしの恋人は甘くない。
 侵入を許してしまった舌は、いつもより熱く感じられて、「あぁアルコールで体温が上昇してるのか」と思い当たる。その頃には、わたしの後頭部の髪を手櫛が掬うようにしてかき上げて、また、電気が走る。

 一体こんな新技、どこから会得してきたのか。
 ゾクゾクして仕方ないその右手を、すぐに外して欲しい。でないと、抵抗するように彼女の胸に押し当てて突っ張っているわたしの右手が、お風呂に入りたいという願望とは真逆の働きをしてしまいそうになる。

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 ――あ、つい……。

 熱を帯びたその舌が、侵入してきた強引さとはかけ離れた柔らかく優しい動きで、わたしの口内を探る。
 もう何回も訪れたであろうこの口内の何を探ろうというのか。舌はゆっくりと歯列に挨拶をして、ついでに唇の内側をさらりと舐めていく。

 だめ。

 吐息が、また、零れる。

 だめ、だめ。

 だって、呼吸を乱せば、余計、入ってくる。
 今まで飲んでいた雀ちゃんから漂うビールの香り。

 それが呼び起こすのは、あの時の記憶。

 二人で初めて行った、温泉旅行の夜。
 わたしが勧めて、雀ちゃんが飲んだお酒の匂い。

 自分の部屋でない、布団でない、いつもと違う空気の中で、抱かれた夜の記憶を、否応なしに呼び起こす、ビールの香りが、わたしを包んだ。

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