テレワークパロディ 聞きたい気持ちをぐっと堪えたんですけど…… (2)

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 いつもなら、ベランダか玄関からスーツ姿で入ってきてくれて、「行ってきます。雀ちゃんも勉強とバイトがんばってね」とか、私のその日のスケジュールに合わせたエールを残して、キスをして出ていくのに……。

 やっぱさっきの怒ってたのかなぁ……。そうだよなぁ。愛羽さんは8時20分って言ったのに聞き間違えるとか馬鹿過ぎるもんなぁ……。
 今日、彼女が会社から帰ってきたらちゃんと謝ろう。

 私はとぼとぼと歩を進めて玄関を回り、合鍵を愛羽さんの家のドアに挿し込む。捻って回せばカチャンと鍵が外れる音がして、そういえば、掃除してたり洗濯機回してたから、愛羽さんが出て行く時の音も聞こえなかったなぁと落ち込む。

 一体なんの用事があったんだろう。もしかして、宅配便の受け取りを頼みたいとか? 前もそんなお願いされた事があったけど……でも愛羽さんはそんな事一言も言わなかったし……。などと首を捻りながら、鍵を閉めた玄関で靴を脱ぎ、無人の恋人宅のリビングへ向けて廊下を進む。
 廊下とリビングを隔てるドアは閉まっていて薄暗いものの、慣れた家だ。電気を点けなくても歩ける。

 私は閉まっている扉を押し開けて、次の瞬間、びくっと肩を跳び上がらせた。

「いらーっしゃい。雀ちゃん」

 え。

 愛羽さんが、……居る。

 ものすごい笑顔で、居る。

 え……。え?

「え、愛羽さん仕事……え? え……? 有給、ですか?」

 そういえばたまに、愛羽さんが「今日わたし有給休暇~」とか言って平日家に居ることがあるけど、それだろうか?

 だが彼女は「んーん」と首を横振りする。
 ってことは……休み、ではないらしい。

「あ、じゃあ半休……です?」
「んーん? 一日中お仕事」

 半日の休みでもない。一日仕事。……え? え、じゃ、じゃあなんでここに?
 カレンダーを見ても今日はどっからどう見ても平日だし、もう8時20分だし。愛羽さんはいつもなら既に出勤してて家にいない時間のはず。なのになんでここに……。てか服! 服だって私服だし……!?

 混乱して、リビングのドアの所で立ち竦んでいる私に近付いてきた愛羽さん。彼女に手を引かれ、私はソファに連れて行かれた。
 その間、彼女は満面の笑みだけど説明はないし、訳が分からない。
 ここに愛羽さんが居るのはそりゃあ嬉しいんだけど、どうして居るのか分からないから素直に喜べなくてちょっとつらい。

 説明してください、と頼み込むよりも前。
 ソファに並んで腰掛けた直後、愛羽さんは人差し指をピと立てて、「テレワーク」と、唐突に言った。

 その単語は、昨日の夜愛羽さんが口にしていた謎の言葉だ。
 そんな単語初めて聞いたし、分からないから意味を尋ねても愛羽さんは教えてくれないし、明日になったら分かるからと意地悪な返ししかしてくれなかった。あ、……ってことは……愛羽さんがここに居ることが、その「テレワーク」に繋がっているのか……?

 なんとなくヒントを得たような気がしていると、頭を撫でられる。
 どうして撫でられたかは不明だけど、櫛で梳いただけでスタイリング剤もつけていない毛を楽しむみたいに、愛羽さんはもう一本手を追加してまふまふと撫でてきた。

「あ、愛羽さん……」

 撫でてくれるのは嬉しいんだけど……説明、して欲しい。
 もし「テレワーク」っていうので愛羽さんが家に居られるなら嬉しいから喜びたいんだけど……その予想が当たってるのか分からなくちゃあ、なかなか喜ぶに喜べない。

 その気持ちが通じたのか、愛羽さんはご機嫌な様子で私にキスをすると、こちらが赤くなっているのも構わず、謎の言葉の意味をやっと説明してくれた。

「昨日言ってたテレワークっていうのはね? 簡単に言えば、家で仕事する、ってことなの」
「……家で、仕事……?」




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